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5-11 黒い陰謀(11)

 出来上がった物を器に入れて、これに昨日焼いたクロワッサンを添えた。

 気持ち的には米かパスタなんだけど、どっちも今すぐに準備はできないんだよな。


「あの、出来上がったんですけれど……」


 ここから先は?


 戸惑う俺の側でクナルが備え付けのベルを鳴らすと、しずしずとした様子で数人のメイドさんと執事のような人が来て、丁寧に礼をしてくれた。


「出来上がったものは我等の方で運ばせていただきます」

「あっ、はい。お願いします」

「その前に私の方で毒味をさせて頂きますので」


 執事が丁寧に言った、その言葉を遮るように大きな声がした。


「その毒味、俺にさせてくれ!」


 それはさっきの厳つい人だ。目を大きく開き興奮した様子でドシドシ近付いた人が海老の皿を持ち上げ匂いを嗅ぐ。


「嗅いだことの無い匂いだ。だがこう、美味そうだ」


 フォークとナイフを手に取り、器用に殻から身を剥がして豪快に一口。途端に表情が輝くのが分かった。


「美味い! 塩っ辛いのかと思ったらそうでもなくて、身に香ばしさと旨味があって、噛めば甘みが」

「料理長狡い!」

「俺も喰いたい!」


 ブーイングを受ける厳つい人がそれでも皿を死守している。これに執事が驚いて、次には苦笑した。


「確かにこれは、美味しそうですね」

「あはは。あの、スープも」


 と声を掛けた瞬間に器が消えてゴクゴク飲まれていく。


「くあぁ、うめぇ! あの板みたいなのがこんな旨味になんのか!」

「はい」

「なぁ、使い方教えてくれ。これは化けるぞ」

「! はい、是非!」


 その後、クロワッサンも美味しく頂かれて安全は担保された。全てを味わった料理長が晴れやかな顔で俺に手を差し伸べて、俺はそれに応じた。


「料理長のバルだ。さっきは悪かったな」

「マサです」

「昨日いきなり、暫く殿下とロイ殿の食事は不要で、違う料理人に任せたって言われてよ」

「あ……」


 殿下、その言い方はダメだよ。皆プライドあるんだから、事情とか色々話さないと。

 でも、悪い人じゃないみたいでほっとした。


 執事やメイドが丁寧に料理を運んでくれるその隣にクナルと一緒についていく。ノックをすると直ぐにユリシーズが中に入れてくれて、食事はロイのいる隣室へ。そこに用意されたテーブルに色々と並んだ。


 クローシュが取られると途端に広がる香り。出てきた料理にも皆が喜んでくれた。


「美味しそう! 久々のお兄ぃのご飯だぁ」

「こら星那! その前にロイさんに」


 ベッドから起き上がれないロイを助けてベッドヘッドに背を預けるように起こしてあげて、殿下がスプーンで少しずつ食べさせていく。意識があるから少しなら具材も食べられる。玉ねぎや細かくしたホタテなら喉に引っかからないだろう。


 一口飲んで、ぱっと表情が明るくなった。それを見た殿下がとても嬉しそうに笑った。


「美味しいかい?」


 それに答えたくても声が出ないんだろう。もどかしそうにしながらも頷いて、少し具も食べて。

 元気になってもらいたい。助かって欲しい。あの蛇が取れたら大丈夫な気がする。そんな思いを込めておいた。


 一通り食べて、ほっと息をついたロイが俺を見て微笑む。熱があるらしく潤んだ目でそんな顔をされたらドキリとしてしまう。


「全部食べたね。具合は?」


 頷いたロイがほんの僅か手を動かす。そして微笑んで、唇を動かした。


「おいし、かった……です。我が、君」

「!」


 掠れて小さい声だけれど、絞り出すみたいに出た。そんな声すら久しぶりだったのだろう。殿下は驚いてサイドボードに器を置いて、ロイの体を強く抱きしめる。

 ユリシーズも薄らもらい泣きして、ロイは嬉しそうで。俺もどこかほっとした。


 何にしても食べ始めて、全てに殿下は驚いた。あっという間に食べ終えた人はその後深刻そうに項垂れて、次には俺を鋭く見た。


「レシピを売ってもらいたい」

「あの、普通に教えますよ?」

「ダメだ、買い取る。むしろ対価をもらわずに流通させないでくれ」

「はぁ……」


 重要な任務でも告げる顔で言う事じゃないような……。

 でも、全て落ち着いたらということで話がついた。


§


 腹も落ち着いた所で具体的な対策を話し合う事になったけれど、俺はここにいる意味があるのだろうか。戦えないし、浄化も自分の意志じゃ出来ないのに場違い感が半端ない。

 正直重苦しい雰囲気の中、星那は空気を読まずに「はい!」と元気に手を上げた。


「漫画とかゲームみたいに、呪い返し! みたいなのって、出来ないの?」

「マンガ? ゲーム?」


 うん、伝わらないよね! 俺は急いでこれらについて説明して、どうにか伝わった。伝わり切れたかは不明だけれど。


 これを聞いてユリシーズは腕を組んで悩み、殿下も難しい顔をした。


「まったく不可能ではないし、現状それに近い事は行っているよ」

「そうなの!」

「セナがね」

「え?」


 当の本人はまったく自覚がなく、自分を指差し首を傾げている。そんな様子に殿下は笑って頷いた。


「呪いに対して聖魔法は弱点なんだ。だから、セナが掛けている浄化魔法が一応はその呪詛返しというものに相当するかな」

「じゃあ、なんでよくならないの?」

「返る先が祭器で、そこに術者が魔力を注ぐと再び戻ってきてしまうから。でしょうね」

「何にしても祭器を破壊しなければ現状を変える事ができないということだ」


 やっぱりそれなのか。

 でもその祭器というのを見つける事が難しいという話だ。何かないものか。


「じゃあじゃあ! その蛇精? ってのを捕まえて案内させるとかは?」

「それについても難しいですね。何せ我々には蛇精が見えないのですから」


 ユリシーズがなんとも苦い顔をする。どうやらこの『見えない』という状態が一番の問題らしい。


「魔法は見える、もしくは感知することで効果を大きく発揮するんだ。視認することで対象を絞り、そこに向けて魔法を掛ける。だから見えないという状態は一番厄介なんだ」

「対象を絞らない広範囲魔法ってのもあるがな。それは魔力の消費も激しいし、一律に効果を出すから個々には弱い。魔力量に物を言わせてとにかく全部ぶん殴るのは効率的とは言えねぇよ」

「呪いというのは被害者個人に多量の魔力を集中させているのです。それに対して広域の魔法で払うなんて、力負けしてしまいます。そうなれば効果は薄いものになります」


 魔法は奥が深い。異世界人の俺と星那は三人の話を呆然と聞いているしかない。


「つまり、見えれば問題なし?」

「えぇ」

「見えるようにする方法はないの?」

「かなり難しいですね。蛇精も精霊の亜種。隠蔽魔法の精度は群を抜いています。これに干渉するには対象の精霊よりも強い力がなければ」

「うーん」

「……」


 見えている俺って、いいのかな?


 とは思うけれど、今はそこじゃない。実際俺には見えているし、それが必要なら力になる。今目の前にいる人達を助けられるかもしれない。

 おずおずと手を上げると、皆が俺を見た。


「あの、俺……見えてますけれど」

「……んぅ!」


 一瞬の沈黙。だがそれを破る殿下の声にビクッとする。ユリシーズまで驚いて俺に駆け寄り肩を掴んだ。


「見えているのですか!」

「あぁ、はい」

「実体のないものですよ!」

「あの、はい」


 見えてちゃいけないものなんだもんね。こうなるよね。


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