そんな事を話している間に、俺達の前に大きな扉が見える。食堂らしいその扉の更に向こうにもう一つドアがあって、俺はそこをノックした。
「すみません」
声をかけてドアを開けると、まるで待ち構えていたかのように複数のコック服を着た人達がいた。
特に真ん中で腕を組み此方を睨む人は怖かった。
大柄で筋肉質な体をしたゴツい顔の人で、額の辺りが出っ張っている。こめかみの辺りからは角が出ていた。
「あの、本日からお世話になります相沢智雅です。お邪魔かと思いますが少しだけ、コンロ使わせてください」
「あぁ、聞いている」
ゴツい人が俺を睨み下ろしながら一歩前に出てきて、その迫力にこっちは逃げ腰だ。
でも俺とその人の間にクナルが立ってくれた。不機嫌そうだけれど。
「話はいっているはずだ」
「……チッ。こっちだ」
クナルの低い声に、ゴツい人は悪態をつきながらも案内してくれる。そうして連れて行かれたのは新しそうなキッチンの奥にある、古い場所だった。
「生憎だが練習用コンロとオーブンしか空いてねぇ。それと、使える食材もそこにある中からにしてくれ」
「ここにある物は全て使って構わないはずだが?」
「そうは言っても王族の食事に遅れをだしたり、食材を切らすわけにはいかねぇ。好き勝手されて足んなくなったらこっちの首が飛ぶんだわ」
お互い譲らぬ睨み合いで場の空気がピリピリする。そんな両名の間に立った俺はアワアワして、クナルの腕を引いた。
「あの、大丈夫です! ご親切にありがとうございます!」
「……フン」
鼻で笑ってノッシノッシと行ってしまう。その後ろ姿を睨みながらクナルもチッと悪い顔をした。
「草食獣が」
「あの、クナル態度悪いよ?」
ある意味想定通りだからね?
とはいえ、古いがコンロとオーブンが使える。これは上々だ。後は食材だけれど……。
示された場所にあるのは両手で持ち上げられるくらいの木箱だ。蓋には薄紫の魔石がついている。ってことは、これもマジックバッグみたいな効果があるんだろう。
恐る恐る触れると目の前に食材一覧が小さなアイコン付で表示された。
それによると中には芋や人参、玉ねぎといった基本の野菜は入っている。他にも小麦粉と調味料は一通り。
淡々と確認をしていく俺。だが次のページに表示された物を見て、俺は思わず声を上げた。
「どうした!」
「これ……これ!」
知っている稲のアイコンと、その下にある「米」という文字に俺の目は輝いた。興奮で胸が苦しいくらいだ。
グエンに聞いても分からなかったから、無いかもしれないと思っていた米なんだ。日本人の心なんだ!
興奮気味に箱に手を突っ込んで「米!」と心の中で叫ぶと確かに手の平にサラサラした感触がある。取りだして見るとふっくらと丸い米が確かにあった。細長いインディカ米ではない、粒の大きい日本米だ。
「米!」
「おい!」
「だって、米だよ! これだよやっぱり!」
香りもいい。粒もしっかりしている。精米は甘いから分類としては玄米だけれどこっちの方が栄養価は高い。
どうしよう、興奮する。
そんな俺を見て、背後にいたこの厨房の人達が笑った。
「あれって、東の国から押しつけられたやつだろ」
「食えない物を見てあの興奮のしようって」
……え? 調理方法が分からない?
俺にとってのカルチャーショック。食べられないってどういうこと!
「クナル! これって獣人の人達は食べられない成分とかなの?」
「あぁ? いや、そもそも見た事ないけど……基本、食ってヤバイ物は普通に食えない。毒があるとか」
「うーん」
念のため鑑定眼を使ったけれど「可食」とある。ってことは、食べられる。
そういえば東の国の食べ物って、グエンも調理方法が分からなくてしまい込んでたな。そもそもの調理方法が伝わってないのかも? レシピにお金を払う文化だし、そこまでして食べる必要がなかった?
何にしてもこれを使わない手はない。だが、玄米なら事前に水を吸わせてやらなきゃいけないから直ぐには食べられない。後のお楽しみにしよう。
一旦米をしまった俺は更に中を確かめて、更なるお宝を見つけた。昆布である。これも東国の食べ物らしく沢山余っていた。勿体ない。
取りだしてみても肉厚でしっかりしたものだった。
「それ、なんだ?」
「昆布だよ。知らない?」
「海臭い」
「酷い言いよう」
でも……うん。これは使えると思う。
頷いて立ち上がり、取りだした昆布一枚を適当な大きさにして水を入れた鍋に入れておく。このまま戻るまで放置だ。
「それ、食えるのか?」
「食べもするけれど、旨味が出るんだよ」
「旨味?」
首を傾げるクナルに玉ねぎと人参、椎茸を箱から出してもらいそれらを切っていく。椎茸は軸を外して、玉ねぎは少し食べ応えがあるように厚めに。人参は……せっかくなら飾りがある方が華やかだからお花にしようか。
包丁を振るう俺に視線が集まっている。少し後ろからクナルが覗き込んで、人参を花にする俺を見て面白そうにした。
「器用だな」
「ありがとう。星那がさ、小さい時人参嫌いだったんだ。でもこうして可愛くしたら食べてくれたから」
それが嬉しくて色んな花を作ったな。桜や菊、梅なんかも。
剥いた皮は一応とっておく。これだって立派に出汁が出る。捨てるのは勿体ない。
そうしている間に昆布が戻ったから、弱火にして旨味が出るのを待っている。少しずつ香る昆布の匂いに懐かしさが込み上げてきた。
「なんか……いい匂い?」
「昆布は旨味の塊なんだ。こうして丁寧に水で戻して、弱火で旨味を出していくと深みが出てくる。調味料で付ける味とはまた違ったものがあるんだよ」
徐々に鍋肌から細かい泡が出てくる。それが徐々に水面を騒がしくした所で昆布を引き上げバットへと置いた。
「捨てないのか?」
「勿体ない! 水気を取ってマジックバッグに入れておけば二番だし取れるし、その後は煮物に入れたりして食べられるから」
時間経過がないのは有り難い。菌の繁殖もないってことだから。
鍋に玉ねぎ、椎茸、人参を投入。そこに更に海鮮の旨味を投入するためにホタテの貝柱を手で千切って入れた。全部から旨味が出る事間違いなし!
一度沸騰させて灰汁を取ったら弱火にしてじっくり。
その間にメインになる料理だ。ロイは無理かもしれないけれど、殿下や星那、ユリシーズにクナルに俺はスープだけじゃ足りない。
「あっ、一つ余分に作れよ」
「え?」
「毒味用」
「おぉふ」
そっかー、そういうのあるんだね。知識としてはあるよ。気分的には抜けてたけれど。
それを考慮して自分のバッグから取りだしたのはブルーロブスター3匹。宿舎の方で下茹でだけはしておいた。
包丁でグッグッと縦半分に割っていくとプリッとした白い身がパンパンに詰まっている。弾力も押し返してくるくらいに強い。
「美味しそう……」
思わず出てしまった声にクナルが頷いて、途端に空腹を感じて苦笑い。料理人がこれじゃダメだろうが。
そうなると味付けだ。
スープをあっさりの塩味にしようと思っているから、此方は味噌がいいだろうか。
味噌の壺を出して少し味見。鍋に取って少量の酒を加えて弱火にして、丁寧にヘラで伸ばしていく。
「それなんだ?」
「味噌を伸ばしてるんだ。このままだと塩っぱいから酒を足して火にかけて混ぜて馴染ませると同時にアルコール臭さを飛ばしてる。こうすると味噌がまろやかになって、酒のコクも出るから美味しくなるんだ。甘みを足したい時には砂糖を少し入れたりもするかな」
ただ、今回は素材の旨味を大事にしたい。砂糖で味なんて足さなくてもこれで十分。浜で網焼きするなら寧ろ味噌もいらないんだけどなぁ。
十分に味噌が馴染んだら火から下ろし、半分に割った海老の断面に塗ってオーブンに。一度下茹でしてあるから味噌が焼けて殻の香ばしさが少し出るくらいでいい。
こっちを待つ間にスープの仕上げ。味を見てほんの少し醤油を入れる。色が付かないくらい少しでいい。それだって香りが立つ。更に味見をして塩とコショウで調えたら完成だ。
我ながら、シンプルに美味しく出来た。玉ねぎから甘みが出て、ホタテ、昆布、椎茸からは濃厚な出汁。人参の素朴さもいい。
その間にオーブンから味噌の焼ける匂いが厨房へと広がっていった。
「おい」
「あぁ、美味そうな匂いが」
さっきまで見下した感じだった人達からどよめきが起こる。そして一番近くにいるクナルが眉間に皺を寄せて腹をさすった。
「あんたの料理は匂いだけで腹が減る」
「ははっ」
嬉しいけれどクナルは恨めしい顔。なんか、ごめん。