目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

5-9 黒い陰謀(9)

「あの、蛇精の呪いってそんなに大変なものなんですか?」

「あぁ、そうだね……ほぼ、解呪のしようのない死の呪いなんだ」

「え……」


 重々しく、だがいっそ笑ってしまいそうな殿下の絶望から事の大きさがひしひしと伝わってくる。言葉を失う俺と星那は見合わせて、それでも信じられなくて今更ながら焦った。


「あの、解けないってことですか! どうして……」

「蛇精の呪いを解く方法は祭器と呼ばれる呪いの呪具を破壊することなのですが、術者もそれを理解しているので上手く身を潜めてしまいます。そしてこの呪いが厄介なのは、払っても払っても祭器がある限り何度でも呪いが再発し、更に祭器と呪う相手の距離に制限が無い事なのです」

「それって……」

「極端な話、国家を跨ぐくらい離れていても呪いが届くということだ」


 じゃあ、もしも今その術者が他の国にいて、呪っていて、人がそこまで行くのに時間が掛かっている間にもロイは弱っていって、探すのにも時間がかかって……。


「そんな……」


 ブルリと背に震えが走る。しかもそれって、誰かがロイを殺そうとしているのと同義だ。


「一体どこで呪いなど。最初は確かに魔物の穢れだったのに」

「……セナ様が来られた翌日ではないでしょうか? ここに来られて直ぐに浄化を掛けて頂いた時は確かに快方に向かっておりましたのに、翌日に悪化しましたから」

「数日か。心当たりはあるのか?」

「ありすぎて分からない、というのが現状でしょうか」


 ユリシーズが肩を落として、殿下は憔悴して。

 重く暗い空気が立ちこめる中声を上げたのは星那だった。


「それでもなんとかしようよ! まったく手が無い訳じゃないんでしょ?」

「だが……」

「諦めていいの、ルー様! 諦めたくないから頑張ってるんでしょ! しっかりしなさいよ!」


 力強い声に殿下の手に力が入った。その手に、ロイの手も触れた。辛そうに、だが微笑む様子を見た殿下は今にも泣いてしまいそうな顔をしたが、確かに頷いて星那と俺を見た。


「そうだな。私が弱気になってはいけなかった」

「そうだよ!」


 カラッと笑う星那の存在はこんな時とても心強い。

 前からそうだ。義父が亡くなって母が立ち直れなくなっていた時も星那が励ましていた。母が亡くなって追い込まれた時も星那が「一緒に頑張ろう」と言ってくれたから立ち上がれた。

 そんな強さを持つ妹が俺の自慢だ。


「それなら、マサに飯作ってもらったらどうだ? 流石に菓子とお茶じゃ腹が減るだろ」


 クナルの提案に時計を見るとお昼時を少し過ぎている。

 殿下とユリシーズも苦笑して頷いた。


「そうだね。まずはやれる事だ。トモマサ、構わないかい?」

「はい、勿論」

「良かった。厨房には話をつけてある。案内は」

「俺がする」

「頼む」


 俺の隣にクナルがついてくれる。

 こうしてひとまず、昼食を作る事となった。


§


 廊下を出て更に奥へと行くと従業員用らしい階段があってそこを下った。

 その間もクナルは黙っていて、目は真剣そのもの。深刻そうな表情を見た俺は小さく項垂れた。


「あの、さ。ロイさんって、誰かに恨まれてるの?」


 聞いていいのか分からないけれど、気になってしまった。呪いをかけられるなんて普通の事じゃないから、そんなに恨まれているのかと。

 見た目はそんな感じがしなかったのもあるし。


 俺の問いにクナルは真剣に考えて頷いた。


「恨まれるような奴じゃない。真面目で穏やかで優しい奴だ」

「じゃあ」

「ただ、邪魔だと思う奴は多いだろうな」

「え?」


 邪魔って……そんな理由で殺されそうになっているの?


 平和ボケしている俺には理解できない。でも、そういう人もいるっていうのは分かる。ニュースの世界でもそうだ。悲しい事件の動機は大抵、「そんな事?」と思ってしまうものが多い。


「ロイは現状、次期王妃筆頭だ。それを面白く思わない輩が多いんだろう」

「そうなんだ…………次期、王妃?」


 思わずクナルを見てしまう。こんな状況なのに引っかかってしまった。

 綺麗な人だけれど、王妃? 男だよね?

 思って、数日前にリデルが話してくれた事を思い出す。そうだ、この世界は男でも子供が産めるから性別関係無く結婚できるんだった!


「あっ、その……二人って、そういう関係なの?」

「いや、ロイが鈍感過ぎて殿下の空回りだが、あの人はとにかく執着が強いからな。そうと決めたなら諦めないし、そこに手を掛けられたら地獄を見るな」

「うわぁ……」


 何かサラッと怖い事言った! なに、地獄を見るって!


 にっこり青筋立てながら微笑む殿下の顔が容易に想像出来てしまったのは内緒にしておこう。


「基本、殿下は公平な視点で人を見る名君の器だが、それは味方だからだ。皆あの人の本質を見失うんだよな。爪を隠しすぎててよ」

「そうなの?」

「怖いんだぜ、あの人は。敵と見なされた瞬間に全力で捻り潰される。牙を剥く者に容赦も同情もしない。まして命ほどに大事だと宣言する相手に害を及ぼしたら最後、深い絶望を味わいながら死ぬだろうよ」

「うっ」


 怖すぎる、何それ。

 ゾワゾワッと背中が寒くて腕を摩る俺を見て、クナルは苦笑してポンポンと頭を撫でた。


「大丈夫だって。味方にはとても良くしてくれるから」

「はは……」


 本当に大丈夫だよね? 俺泣いちゃうよ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?