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5-7 黒い陰謀(7)

 何にしても無事に扉を潜ることができた俺は感嘆の声を上げてしまう。

 入って直ぐに広い、大広間って呼べるスペースがある。シャンデリアや調度品があって、真正面の階段は優雅な曲線を描く二股になっていて上の方で一つになっている。


「まずはお部屋に案内します。どうぞ」


 ここに足を踏み入れるのは気後れする。連れられて正面にある階段を登り歩いていく。向かって右側へと進んでいくと個別の部屋が並ぶ廊下になっていた。


 案内された部屋は十分過ぎる広さで少し気後れしてしまう。

 一人で寝るには大きいベッドは見るからにふかふか。ソファーセットに食器棚。その食器棚の中にはティーセット一式。ランプの置かれた机は明るい窓の側にあって、背後には重厚な本棚もある。


「え? ここに俺だけ?」

「クナルの部屋は隣にあります。内扉で繋がっておりますので」

「分かった」


 平然としているクナルとは違って俺はこの広さ、落ち着かない。騎士団の部屋の二倍はあるんだ。


「あと、トモマサ殿には鍵を預けますね」

「あぁ、はい」


 でも、扉に鍵穴なんてなかったよな?

 改めてチラリと見てもドアに鍵らしきものは見当たらない。首を傾げているとユリシーズが俺の左手に両手で触れた。

 左手の甲がふわっと温かくなって青白く光る。その光の中に星形の魔法陣が浮かび上がったかと思ったら手の中に吸い込まれていった。

 一瞬、左手の甲にその紋章が浮かび上がったけれど直ぐに消えてしまう。感じた熱も引けてしまった。


「これで、この部屋はトモマサ殿しか開ける事ができなくなりました。扉に触れるだけで鍵が開きますのでご安心を。鍵を掛けるときも一定の距離を離れるか、『閉じろ』と命じればいいだけですので」

「わぁ……すごい」


 生体ロック、しかもオート機能付きだ。鍵の閉じ込め事故も起こらない。

 思わず自分の手をにぎにぎ。魔法、本当に凄いんだな。


「クナルは後で自分でかけろ」

「分かっている」


 此方は分かっているのだろう。さっさと自分の部屋に行って、同じような事をして戻ってきた。


 改めて殿下の私室へと案内されている。宛がわれた部屋から更に奥に行くと綺麗なレリーフの施された両開きの扉が現れる。

 ユリシーズはノックをして、直ぐに部屋から応答があり、そこを押し開けた。


 広い私室は直ぐに応接用のソファーセットがあって、その奥に仕事用らしい大きな机。背後は沢山の明かりを取り込む大きな窓だ。

 その仕事用の机に殿下は座っていたのだが、俺は何故か横合いから飛んできた誰かに突進を食らった。


「お兄ぃ!」

「星那!」


 軽く吹っ飛びそうになってクナルに受け止められた俺は、突如飛びついた妹に驚いた。元気そうにしているし、顔色もいい。服装も可愛いドレスだ。


「お兄ぃ大丈夫? 本当に心配したんだから! 騎士団で困ってない? 無理してない? 寝不足とかしてない?」

「あっ、うん。大丈夫、良くしてもらってるよ」

「本当? 人がいいから私心配なんだけど」


 相変わらずのマシンガン状態だ。

 でも、俺も安心した。大丈夫とは聞いていたけれど、やっぱり顔を合わせると違うな。

 俺とは似てない、ぱっちりとした二重の大きな目。小さな頭に、整った顔立ち。読者モデルをしていたくらい可愛い、優しくて頭が良くて努力家の自慢の妹だ。


「本当に仲がいいんだね。ちょっと羨ましいよ」


 俺達の様子を見ていた殿下がクスクス笑って近付いてくる。

 俺を支えてくれるクナルが改めてちゃんと立たせてくれて、俺はお礼を言って笑う。それを見ていた星那が首を傾げた。


「お兄ぃ、その人は?」

「あぁ。俺の護衛をしてくれているクナル。来た時から凄く良くしてくれているんだ」


 ジッとクナルを見る星那の目が厳しくなる。それを受けるクナルもジッと見た後で、ニッと笑った。


「……まぁ、いい男かな」

「そりゃどうも。あんたもいい女みたいだ」

「当然でしょ? お兄ぃの妹だもん」


 それ、胸を張るべき事なんだろうか。


「あの、クナル。妹の星那。似てないけど、ちゃんと血は繋がってるよ」

「第二騎士団副長のクナルだ。よろしく」

「星那でいいよ。こちらこそ、よろしく」


 しっかりと握手を交わした両名を見て、俺はひとまずほっとする。

 こうして自己紹介が終わった所で、殿下が俺の前に出てきた。真剣で、不安そうな様子で。


「急な要請に応えてくれてありがとう、トモマサ」

「いえ。あの、ロイさんの様子は」


 問うと、彼は表情を曇らせる。それだけで状態が良くないのだと察した。


「意識はあったり無かったりだ」

「熱が引かないんだよ。それに凄く苦しそう。浄化も回復も掛けてるのに何かに邪魔されてちゃんと届いてない感じなの」

「トモマサ殿の食事を食べた後は幾分良いのですが、半日程度で少しずつ悪化してしまって」


 そんなに状態が悪いんだ。

 こんなの、俺がどうにか出来るのかな? そんな不安が込み上げる。でも、頼ってくれているなら応えたい。それも本当だ。


「まずは、会ってもらえるかな?」


 疲れ切って苦笑する殿下の案内で、執務室の内扉から隣の部屋に移った俺はその異様な室内に足が止まった。

 綺麗な部屋だ。開け放たれた窓からは新鮮な空気と柔らかな陽光が入ってくる。あまり飾り気のない部屋だが、使われている家具はいいものだと分かる。

 けれど室内の空気は淀んで暗く、空気が肌に纏わり付いてくるような不快感がある。明るいのも、空気が入れ替わっているのも分かるのに。

 そこにあるベッドに、その人はいた。

 褐色の肌にほっそりとした体。短く整えた黒髪が今は汗で張り付いている。でも、そんな様子すらも色気に思える人だ。秀でた額から真っ直ぐ伸びた鼻梁。唇は薄く小さめで、ほんのりと色づいている。

 耳はクナルと似ているけれど、此方は黒いヒョウ柄だ。多分、黒豹なんだろう。


「側近のロイだ」


 力なく、辛そうに殿下は紹介してくれた。ベッドの端に腰を下ろし、汗で張り付いた前髪を指で払って。見つめる視線は悲しげで、そんな人を見ているのが辛く思えた。


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