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5-6 黒い陰謀(6)

 案内されるまま行くと港の直ぐ近くにある露天を見つけた。木製の台の上には明らかに鮮度のいい海鮮が輝いて並んでいる。


「美味しそう!」

「おっ、兄ちゃん見てってくれよ! 今朝取れたばかりのやつだ」


 食い入るように見るそれらは馴染みのある形状をしている。そして鑑定眼も馴染みの名称を表示した。


『ホタテ(品質:良)

海中に生息する二枚貝。可食部が多く貝柱は大きめ。噛めば噛むほどに甘みが出てくる』


「すみません! ホタテ2籠ください!」

「おう! 1000レギンだ」


 1籠の中には殻付きのホタテが6枚くらい入っている。これが二つで約千円。絶対にお買い得だ。

 袋に入れて渡してくれた物をマジックバッグに入れようとして……何故か入らない。


「あっ、あれ?」

「生きてるんじゃないか?」

「生きてる!」


 そうか、生物は入らないんだ!

 でもこれは嬉しい誤算だ。生きている、その鮮度の良さ。戻って直ぐに締めよう。

 でも手持ちは大変なので、クナルのカバンに入れてもらった。こっちは時間停止がない分、生き物も入れられるらしい。


 他にもブルーロブスターという小型の海老の魔物を購入した。

 小型と言っても体長は30センチを超えていて、胴体は丸々と太い。今時期に大量発生し、ギルドで討伐依頼が出る事からもの凄く安かった。


 これらを買い込んでウハウハな俺は既に何を作ろうか楽しみで仕方が無い。何せ海老からもいいダシが出る。ホタテだって旨味が強い。ロイの体調次第になるけれど、スープとしてもいい素材だ。


「他はどうする?」

「うーん……スパイスは見たいと思うけれど急ぎじゃないしな。他はバターとか、チーズとか?」

「乳製品はこっちだな」


 案内されながら市を見回す。食材を売る店も多いが、串焼きや網焼きの店も多い。食べ歩きをする人も多いみたいだ。


「朝食、加減しておけばよかった」


 流石にまだお腹が空いていない。少し心惹かれるけれど食べきれるかと言えば疑問しかない。

 しょんぼりする俺を見て、クナルは小さく笑った。


「落ち着いたらまた連れてきてやるよ」

「約束な」


 それなら楽しみにしておこう。

 そうして最後、俺は乳製品を扱うという店に立ち寄り大量のバターと、チーズを少し購入したのだった。


§


 戻ってきたらグエンが寸胴鍋一杯に基本のスープを作ってくれていた。鳥のガラから丁寧に作り、それに玉ねぎなんかの野菜を入れて煮込んでいくやつだ。


「マサ、これ明日持ってけよ」

「ありがとう、グエン」

「いいって。そのかわり、ロイの事助けてやってくれな」


 その表情が、視線が俺に託してくれる思いがある。親しい人を心配している。これに応えられないのはあまりに情けない。


「頑張るよ」

「おう」


 いつもよりも力強いグータッチに、俺は力をもらった。


 その後、夕飯の準備もしつつ明日の為に予備のパンを焼いたり新作作ったりして少し遅くまで作業をして、俺の忙しい1日が終わった。


§


 翌日ユリシーズが迎えに来てくれたのは朝食後の事。その表情はあまり晴れない。


「おはようございます、トモマサ殿」

「おはようございます。あの、大丈夫ですか?」


 何かあったのだろうか。もしや、ロイの容態が急変したとか!

 そんな最悪を考えてしまう俺にユリシーズは苦笑した後、思い切り溜息をついた。


「国王一家は貴方を歓迎するのに、どうして外野があれこれと文句を言うのか意味が分からなくて精神的に少し。あいつら、別に奥院に住んでないんですよ? 住民がいいと言っているのにその他が反対するってなんなんでしょう?」

「あ……ははぁ……なんなんだろうね?」


 なんか、ごめんね。内心で俺は彼を労うのだった。


 用意された馬車は黒塗りに金の装飾を施した立派なものだった。これに俺とクナル、そしてユリシーズが乗り込みいざ王城へ。中央の一番大きな通りを走っていくと徐々に建物がなくなっていく。そうして辿り着くのが大きな門だ。

 馬車が一旦止まり、御者が何やら門を守る兵士に紙を出している。それを確認し、もう一人の門番が馬車の窓を見ている。視線が合った気がして曖昧に笑うと目をそらされてしまった。

 重い音を立てて馬車は進んでいくけれど、途中で道が逸れた。


「正面じゃないんですね」

「そちらに付けると奥院まで遠いですし、人目に付きすぎますから」


 相変わらず抑揚の無い話し方ではあるが、ユリシーズのこれは癖みたいなものだと思う。

 ただ、もの凄く緊張している感じはあった。


「トモマサ殿、先に一つお願いがあります」

「はい、なんでしょうか?」

「必ずクナルを側に付けていてください。どんな時でも、ほんの少しの間でも」

「え? えっと」


 戸惑って隣のクナルを見ると、彼も深く頷く。

 もしかして昨日話していた貴族派とか、そういうものなのだろうか。


「奥院は基本、王族の世話をするメイドや従者が多いのですが、同じように王族を守る第一騎士団の者がおります。彼等の大半は貴族派の子息。貴方に対し、良くない感情を持つ者もおります」

「あ……」


 思い出した記憶から体に力が入る。ビビリの俺はあの一瞬、本当に絶望しかなかった。

 膝の上で拳を固く握った俺の手に、不意に手が触れた。大きくて節のあるそれは温かくて、何もなくても力をくれるみたいだ。


「大丈夫だ」

「……うん」


 不思議だ、恐怖が溶けていく。この温かな手に触れられていると緊張した気持ちも解れていく。

 力が抜けた俺を、ユリシーズも優しい目で見ていた。


 馬車が到着したのは大きなお城の後ろにある建物だった。

 白壁にエメラルド色の屋根のお屋敷は大きいけれど派手さはなくて、綺麗に刈り込まれた前庭の低木には可愛らしい花が咲いている。

 落ち着いた温かい雰囲気のある場所に少しほっとして馬車を出ると、途端に戸口にいた二人の騎士が近付いてきた。


「名を名乗れ」

「え! あっ、相沢智雅です」


 高圧的な声音にドキリとして答えると、騎士の一人が頷く。その口元には嫌な笑みがあった。


「ここより先は王族の住まう奥院である。別室にて身体検査を行う」

「あぁ、はい」

「裸になって隅々調べる決まりだ。後はマジックバッグの中身も全て改める」

「え!」


 裸って、そんな! 精々服の上から触って確かめるものだとばかり。それに、マジックバッグには食材も色々。


「おい」


 オロオロする俺に高圧的な騎士。そんな彼等を威嚇する声がして、グッと肩を抱き込まれて引き寄せられた。

 並んだクナルは明らかに不機嫌だった。鋭い薄青い瞳に隠さない気配。ビリビリした感じが肌にまで伝わってくる。


「俺達は王太子殿下の要請でここにきている。話がいっていない訳はないだろ」

「規則だ!」

「いいえ、規則ではありません」


 焦った様子で反論した騎士達に冷たい声がかかる。馬車を降りたユリシーズが知らない暗い表情で睨み付けていた。


「ルートヴィヒ様の勅命により、両名の身体検査及び、荷物検査は不要と通達がされている。そうでなくても裸にしてなどと、尊厳を無視した旧来の方法は禁じられているはずだ」

「っ!」

「報告をさせてもらう。名を名乗れ」


 暗く冷たい声音はただの威嚇よりも怖い。そんな様子で一歩前に出るユリシーズに気圧されて、騎士は後退って逃げるようにその場からいなくなった。

 ほっと息をして、背後の二人を見る。クナルはまだ怒っているけれど、ユリシーズは申し訳無く目尻を下げて頭も下げた。


「すみません、着いて早々にこのような不快な思いをさせてしまって」

「あぁ、いいえ」

「後で必ず報告し、しかるべき処罰を与えますので」

「あの、そんなに気にしないでください」


 俺、ど庶民だから寧ろ怖いよ。処罰とか余計に恨み買いそうだし。

 でもクナルは当然と腕を組んだ。


「あいつら、あんたに恥をかかせるつもりだったんだぞ。それどころかマジックバッグの中身を漁って盗みも考えてたかもしれん」

「貴重品は全部クナルに預けてあるから、俺のには何もないのにね」


 実際に食材と着替えくらいしか入っていないのだ。


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