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5-5 黒い陰謀(5)

 案内された食品通りは活気に溢れ、売り出しの声を上げる人で賑やかだ。まるで朝市みたいな空気感がある。


「凄い!」


 落ち込んでいたのが嘘みたいに気分が高揚する。目を輝かせた俺を見て、クナルが小さく笑った。


「んじゃ、まずは何を見る?」

「え? えっと……肉!」


 何が必要か検討した結果、使える食材を制限される可能性が一番高いと言われた。そしてそれはメイン料理に関わるものだろうと。

 王城の奥院は王族や、それに連なる大貴族しか出入りができない。厨房も奥院と表の城では別々になる。

 今回俺がお邪魔するのは奥院の厨房で、王族の食事を作っている。

 食材は一流の物が用意されているが、それを余所者の俺に提供する気はないだろう。一般的な野菜などは使えるが、肉や海鮮といった物は期待しないほうがいいということだ。


 幸い、俺には殿下が用意してくれた潤沢な支度金と、鮮度も保てるマジックバッグがある。これを活用しない手はない。


「肉屋だな。騎士団で世話になってる店がある」

「助かるよ!」


 中央の道を港に向かい折れて少し行く。露天も出ている中でクナルが案内してくれたのは老舗っぽい所だった。

 町の商店街にある肉屋という感じだ。ショーケースの中に塊の肉がドンと置いてある。どれもプリプリしていて豪快で、思わず料理したくなるものだ。


「おう、クナルか!」

「よぉ、親父さん」


 出てきたのは大柄な男性だった。黒い豚耳で腹回りが立派な人で、年齢は40代後半くらいに見える。笑うと腹が上下に揺れる感じがなんとも豪快だ。


「騎士団の買い物か?」

「いや、それとは別だ。紹介する、うちに新しく入った家政夫だ」

「あっ、マサです。宜しくお願いします」

「家政夫だぁ!」


 紹介されてちょこんと頭を下げた俺に、肉屋の親父さんは目をまん丸にする。それだけで騎士団の内情を知っているんだと分かった。


「兄ちゃん、何か悪い事したのかい?」

「違いますよぉ!」

「言われるくらいなんだって。出入りの業者は皆分かってるからな」

「それもどうなの?」


 いや、言いたくなるのも分かる惨状ではあったんだけれどね?

 肩を落とす俺を見て、肉屋の親父さんはガッハッハッと笑う。なんていうか、気持ちいい人なんだろうな。


「まぁ、宜しくなマサ。んで、騎士団の用事じゃないってならどうした?」

「個別に欲しくてな」

「おっ! んじゃ見てってくれ。何かあったら呼んでくれ」

「はい」


 それだけ告げると親父さんは少し奥に。見ればショーケースの奥の店舗で肉を切り分けたりしている。

 改めてショーケースを見ると馴染みのない肉が多い。だが、こんな時に仕事をしてくれるのが鑑定眼だ。


『コカトリスのもも肉(品質:良)

尻尾が毒蛇になっている鳥の魔物。攻撃性が高く群で襲ってくる厄介な魔物だが、その肉質は引き締まって上質。飛ばない鳥なので特にもも肉は弾力があり旨味が強い。毒蛇の尻尾は生きている間に根元から切除することで肉を汚染しない。唐揚げを始め、肉本来の味を楽しむ料理に最適』


 だから討伐されたコカトリスの尻尾が大きく抉られていたんだな……。

 今更知った現場の素敵な下処理だった。


 隣にあるのは同じように鶏肉だが、価格はもっと安いロック鳥の肉だ。見比べてみるとコカトリスの方が肉の旨味は強いが肉質は固くなりやすく、ロック鳥はそれに比べてあっさりだが柔らかいとの事。煮物ならこっちだ。

 どのくらいの間作るか分からないけれど、このカバンに入れている間は鮮度が保てるのだから少し多めに600グラムずつ買うことにした。


 他に使い勝手のいい肉の代名詞といえば豚だ。これも美味しそうなロース肉がある。


『オーク肉(品質:良)

豚の頭をした半人型の魔物の肉。力が強く武器を使う知能があり、粗野で粗暴な魔物だが、よく食べよく動くので肉に旨味があり弾力のある肉質をしている。ロースは柔らかく脂身は甘く、バラはやや脂身が多いものの煮込めばトロトロになる』


 ……人の形をした魔物も食べるんだな。

 想像すると少し嫌だけれど、こうして肉の状態になってしまえば単純に美味しそうだ。

 これは有り難く命を頂き、明日の糧とすることで成仏してもらおう。

 こっちは使い勝手も良さそうなのでロースを1キロもらう事にした。


 そしてメインというならば牛肉が欲しい。シチューにするのもいいし、ステーキもいい。野菜と一緒に炒める? 時雨煮なんてのもいいんだけれど……米がなぁぁ。

 ここに来て思う、米の有り難さ。小麦も美味しいけれど日本人ならやっぱり米。今のところ拝めていないから無いのかもしれないけれど。

 っと、話が逸れた。

 牛肉はないかと探していると見つけた! 綺麗なサシの入った美味しそうな牛肉だ!


『ミノタウロスのロース(品質:良)

ダンジョンの奥地に生息する牛頭人身の魔物。非常に凶暴で攻撃力も高い事から貴重な素材でもある。その肉は適度な霜降りとなり、赤身は旨味が凝縮した格別なもの。ステーキは勿論、煮込んでも良し』


「おっ、ミノタウロス入ってるじゃねーか!」

「おう、運が良いぜお前等。今朝冒険者ギルド経由で仕入れた上物だ」

「こいつ、なかなか出回らないんだよな。マサ、買おうぜ!」

「うん、そうしようかな」


 絶対すき焼きが美味しいと思うんだよな。

 なんて思いながら、これも1キロ購入した。


 肉屋一軒で金貨数枚を消費したというのに、まったく懐が痛まない。そんな現状が俺の精神を蝕んでいる。いいんだろうか、こんな贅沢。


「次どうする?」

「えっと、海鮮かな」


 実はここに来て魚は扱っていない。極端な肉食主義の中に居るせいかもしれないけれど。


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