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5-3 黒い陰謀(3)

「それで、お願いなんだけれどね」

「あぁ、はい」


 この空気でそのまま話進めるのな。

 まるで何でもなかったように進めた殿下って、強心臓だなとか思った俺は慌てて居住まいを正した。けれど……不意に空腹を訴える音がした。


「……」

「……ごめん」

「お腹空いてたんですね! あの、良かったら食べてください!」


 目の前の人は今全力で誤魔化そうとした! 涼しい顔をしていたのに、少しずつ赤くなって最後俯いちゃったよ! 心なしか耳もぺたんとしたし!

 こういう所、獣人可愛いなって思うんだよな。


 何にしても俺はグエンと二人で厨房に入って、朝の残り物だけれど軽食を出した。

 今日は薄く揚げた竜田揚げをパンに野菜と一緒に挟み込んだサンドイッチとコーンポタージュ。ゆで卵も添えた。

 どうやら殿下の朝は忙しいらしく、朝議やなんだを終えて朝ご飯も食べずにここに来たらしい。ユリシーズも似たようなものだった。

 二人分の食事を出すと途端に目を輝かせた殿下が早速パンにかぶりつく。上品に食べるには適さないメニューだったから心配したけれど、そんな事はなかった。


「美味しい! 昨日も思ったけれど、トモマサの料理はとても美味しいよ」

「ありがとうございます。すみません、手が汚れる食事で」

「気にしないよ。私は討伐にも出るし、携帯食も食べる。こういう食事も慣れているから」


 なんだか、沢山の顔を持っている人なんだな。

 さっきあれだけの圧をかけてきた人とは思えない、無邪気な顔でサンドイッチにかぶりつく様子。本当に美味しいと思ってくれている笑顔が俺の胸をじんわり温かくしてくれる。こういう顔を見る時なんだよな、料理人してて良かったなって思える時って。


 二人はあっという間に食べてしまって、凄く丁寧に「ごちそうさまでした」と言ってくれた。


「第二騎士団ずるいな。これが毎日食べられるのか」

「やらないぞ」

「流石にそこは心得てますよ」


 羨ましいと言わんばかりの物言いにデレクが本気の「やらないぞ」宣言。この世界に来て俺の存在価値が上がっているのは嬉しいような、照れるような。


「でもよ、ロイの状態が落ち着かなくてマサの料理が必要ってなら、毎食誰かがここに来て運ぶのか? それって、手間じゃないのか?」


 グエンが全体を見てそんな事を言う。俺も少し考えて、それは大変だよなって思ってしまった。

 この指摘に殿下は苦笑して頷いた。


「正直、他人の手を介するのは避けたい。今のところ信頼できる者はユリシーズなのだけれど、彼にも仕事があるからね」

「んじゃ、マサが城に行ってロイの飯作るのが一番手っ取り早いよな」

「え?」


 逞しい腕を組むグエンの提案に、俺は間抜けな声が出た。

 俺が城で、食事を作る?

 見回すとデレクも頷いているし、殿下は申し訳なさげ。クナルは既に移動を考えているのか顎に手をやり呟いている。

 あっ、これ決定事項だ。


「トモマサ、お願いできないだろうか」

「え? あの、俺が城でですか? その、場違い過ぎるんじゃ」

「そんな事はない。寧ろ最初の事が無ければ君の身柄も城が責任持って預かるはずだったんだ」

「いや、まぁ、そうですけれど」


 正直、あの城に行くのは少し怖い。

 初日の事を忘れたわけじゃない。話も聞いてくれなかった人達に問答無用で牢屋に連れて行かれそうになった事。高圧的な態度も怖いし。

 そんな俺の悩みが分かったのか、殿下は申し訳なく目を伏せた。


「弟が君に取った失礼な態度については、お詫びする。君を怖がらせてしまった事にも」

「あぁ、いえ!」

「それでも私はロイを諦められない。彼が死んだら私の世界は真っ暗になってしまう。ただ一人、大切な者なんだ。その者の命を救う為なら何だってするつもりだ」


 強い目が此方を見て、立ち上がった殿下は深く頭を下げた。驚いて、これは駄目なんじゃないかと思って慌てて駆け寄って、俺は頭を上げてくれるように頼んだ。


「頭上げてください!」

「だが」

「今は大丈夫です! それに、先にも言った通り力を貸しますから!」


 ただ、不安があるってだけだから。

 俺の言葉を聞いて、殿下は顔を上げてくれた。


「ありがとう」

「いえ。あの、でも流石に直ぐには」

「分かっている。明日、改めて迎えを出す。此方も準備があるし、通達もしなければならない。護衛はクナルを連れておいで。クナルもいいかい?」

「はい」

「それと、必要な物もあるだろうからこれを渡しておくよ」


 後ろに目配せをした殿下に応じて、ユリシーズが何かを俺に渡す。一つは革で出来た肩掛けのカバンだ。留め金の所に何か宝石がはまっている。


「これって、上級のマジックバッグじゃねーか!」

「え!」


 買い物の時にクナルが持ってた無限に物の入るあれ!

 正直、某猫型ロボットのポッケみたいだと思ってしまったんだよな。


「建物一つ分の荷物くらいなら入るし、重さも感じない。加えて時間経過も止まるよ。生き物だけは入れられないから注意してほしい」

「ほえぇ……」


 ってことは、なんだ? もしかして食材入れれば鮮度そのままとか? そういう事が可能なのか!

 これはとんでもないお宝だ。しかも建物一つ分の食材が入る。凄すぎる。


「それと、これは支度金ね」


 カバンを持つ手の反対側に握らされた革袋がずっしりとしている。そして見えてしまった。中、金色ですが?


「え?」

「それじゃ、明日よろしくね」

「ちょ!」

「あっ、食事は私とセナとユリシーズも食べたいから」

「待って!」


 お願い、話を聞いて! こんな大金持ったことないんですよ!

 俺の願いも虚しく颯爽といい笑顔で帰ってしまった殿下とユリシーズ。後には虚しく手を伸ばして呆然とするおっさんが残されたのだった。


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