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4-7 魔力測定(7)

§


 そうして夕飯の準備をのんびりとして、掃除やランドリーなんかも整えていると不意に表が騒がしくなった。

 皆が帰ってきたんだと思って俺はランドリーを飛び出して正面に。疲れて、でも笑っているんじゃないかって思って角を曲がった俺は……自分の考えの甘さに愕然とした。


「そっち、傷を洗って!」

「怪我人こっちだ!」

「軽傷者は少し待て! 傷だけ自分で洗えよ!」


 正面のエントランスには数人が横たわっていて、血や泥で汚れている。痛みに呻く人もいれば、血を流しても動き回っている人もいる。その間を医者のリデルがあちこちに行って……とても、楽観的な状況じゃなかった。


「あ……」


 ふと古いセピア色の光景が広がる。店で母が倒れて、救急隊の人が動いていて、泣いている星那をどうにか抱きしめた俺は何も出来ずにただ見ていて……。


「マサ!」

「!」


 とても近くで声がして、俺は呆然としたままそっちを見た。同じように汚れたままのクナルが俺の前に立っていて、必死な顔をしていた。


「大丈夫か? 何かあったか?」

「え? あれ……」


 何、だったっけ。


「マサ?」

「何も、ないよ。ごめん、大丈夫」


 訝しむ様子のクナルが怖い顔をしていて、俺はへらっと笑う。なんか思った気がするけれど、忘れてしまった。


「それよりクナル、大丈夫? あの、他の人も」

「あぁ、まぁ。悪い、ランドリーに新しいタオルとかシーツあるか?」

「あるよ。待ってて、持ってくるから」

「いや、一人じゃ」

「大丈夫だから」


 今はクナルだって疲れている。物を持ってくるくらい、俺だって出来る。

 走ってランドリーに戻って、洗ったばかりのタオルと綺麗なシーツを籠に入れて運んでいく。人が沢山傷ついている場所に向かうのは少し勇気がいるけれど、そんな事は言っていられない。抱えてリデルの所に行くと、大変なのににっこり笑われた。


「ありがとう、トモマサさん」

「あの、他になにか」

「大丈夫ですよ。負傷者自体は多いのですが、幸い軽傷者なので」

「でも、倒れている人とか」

「コカトリスの声にやられたんですね。彼等は耳がいいから、大きな音で失神したりもするんです。備えが足りませんね」


 そう言って笑うリデルが次々移動していく。

 その外には見た事のない大きな鳥が5体あって、側にグエンとクナルがいた。


「グエン? クナル?」

「おう、マサか。悪いが暫く俺はこいつらにかかりきりになる。解体しないとな」

「解体!」


 側にあるそれは、確かに鶏の雄みたいにも見える。大きく鋭い嘴に赤い鶏冠なんかはまさにそれなんだが、まず大きさが。2メートル以上あります? しかも足が猛禽の中でも獰猛な感じで、多分引っかかったら体裂ける。更に言うと尻尾のあたりが全部切られているけれど、様子がおかしい。

 こんなものを解体するんだ、グエン。


「素材は大事にだな。嘴や爪は武器や防具に加工できるし、目は石化解除薬の材料になる。羽毛はそのまま布団や防寒具だ」

「凄く沢山の素材が取れるんだ」

「あぁ。何より俺達への報酬は肉だ。こいつらの肉がまた、美味いんだ」


 力説るすクナルの奥でグエンが解体を始めている。素手でブチブチ羽毛を毟り麻袋に入れる様子はなんか……見慣れなくて呆然とした。

 そんな非現実的な光景の中にいる俺の頭をクナルが撫でる。クシャクシャと少し強くされて見上げたそこに、目尻を下げた優しげな笑みがあった。


「さて、団長にちと報告行くか」

 暢気に欠伸でもしそうな調子で言うクナルが歩き出して……その一歩目で前に体が傾いた。え? と思う間もない。俺は咄嗟に支えて彼の腕を掴んで、途端に濡れた感触と痛そうな彼を見た。


「クナル!」

「あぁ、悪い。ちょっと貰ってたんだ。まぁ、先に報告で」

「そんな状態じゃない!」


 指先に触れたのは間違いなく彼の血で、痛そうな顔は痛いからで、ほんの少し汗ばんで見えるのは多分苦しいからで。

 怖くなった。大丈夫なんかじゃない。何も、平気じゃない。


「先生……リデル先生!」


 声の限りに呼んでいて、直ぐにリデルが来てクナルを診てくれるけれど、少し怖い顔をしていた。


「直ぐに聖水で流して。傷、かなり深いですね」


 綺麗なカッティングの瓶の栓を抜いて、タオルを用意して傷に直接水をかけていく。綺麗な水は傷に触れた途端に赤黒くなってタオルに染みこんでいく。それと一緒に黒っぽいモヤが出てくる。


「ちょっとミスってさ。情けない」

「気絶した1年目を庇ったんでしょ? これは縫わないと駄目だね」

「いや、今は困る! 先に報告しないといけないことがあるんだ」


 難しい顔のままのリデルを見ていればそんな悠長にはしていられないんだって分かる。けれどクナルは頑として譲らないみたいで、その間にも黒っぽいモヤが腕に絡みついていくのが見える。

 このモヤ、凄く嫌な予感がする。


「クナル、先に治療したほうが」

「大丈夫だって」


 そう言って立ち上がってしまう彼をどうにか止めないと。でもリデルもそれ以上は言わない。俺だけが訳の分からない不安にオロオロしている。


「リデルさん」

「言い出したら聞きやしませんよ。確かに縫う必要はありそうですが、報告の後でもいいでしょう」

「でも!」


 怖いんだ、あの黒いモヤ。何か凄く悪いもののように思える。それがずっと腕に絡みついて離れていかない。


「トモマサさん?」

「あの、聖水? でしたっけ。あれ、一つください」

「え? えぇ、構いませんよ」


 未開封の聖水の瓶と新しいタオルを持って、俺はクナルを追いかける。そして団長執務室の前で捕まえた。


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