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4-3 魔力測定(3)

 結局クナルが選んでくれたのは履きやすそうなベージュが一本、緑が一本。使い勝手がいいという黒が二本。暑い季節用にと七分丈のズボン二本だった。

 これは俺が選ぶよりもクナルに選んでもらうのが正解な気がしてきた。獣人用の棚に移動しつつ俺が思っていると、隣からかなり呆れた溜息が聞こえた。

「あんた、これまで服とかどう選んでたんだ?」

「うーん……義父の服とかも貰ったから新しく自分で買うってしてこなくて。学生時代は制服だったしな」

 幸いにして義父と俺は背格好が似ていた。だから義父が亡くなった後はその服を母さんに確認して貰ったんだ。これも形見分けなんだろうか。

 けれどクナルは頭を抱える。なんか、もの凄く申し訳ない気分になってきた。

「あの、面倒だよな! 俺ちゃんと選ぶから」

「ばーか、んなこと考えちゃないって。ただ、とことん自分の事は後回しにして生きてきたんだなって思ってよ。そっちのが頭痛いわ」

「え?」

 自分の事は後回し? そんなつもりはないんだけれど。

 でも、何処かで何かが引っかかったのは、感じてしまった。

「俺、自分の事考えて生きてきたけれど」

「俺からすればあんたは他人の為に動いてるみたいに見えるぞ。自分は後回しにして妹優先してただろ。昨日は自分よりも宿舎だった。ちょっと引っかかったんだよな」

「そう……かな?」

 自覚は無かった。否定も……仕切れない?

 でも、家族や仲間はとても大事だって思うから、何かをしたいしその為の努力とかは苦にならないんだけれど。それに、周囲にいる人が笑顔なら俺も嬉しいからそうしてるだけで。

 自分が一番じゃないのは、そうなのかもしれない。

 考え込む俺を見て、クナルが苦笑してぽんと頭を撫でる。多分年下だけれどこの手、とても優しくてムズムズする。

「まぁ、その分俺が甘やかすわ」

「え?」

「あんたが自分を大事にしないなら、側にいる俺が気にして声をかければいいだろ?」

 それ、甘やかすって言うんだろうか?

 でも、不意にドキリとした。ほんの一瞬、揺さぶるような鼓動の高鳴り。流石に自覚があったけれど、なんでだろう?

 自分の体なのに疑問の残る俺だった。

 上の服もクナルのアドバイスに従って襟付きの白いボタンシャツが三枚、普段着用の濃い緑の巻頭着を数枚購入した。

 そうしていざお会計。正直服なんて安い物で済ませているから予測がつかない。足りるだろうか……そもそも俺金持ってない!

「クナル!」

「合計金貨1枚と銀貨2枚ね」

「第二騎士団宿舎で渡す」

「あぁ、騎士団の人だったんだ。じゃあ、これサイン」

 出された羊皮紙にクナルがサインする。そうしたらもう支払いも終わりらしかった。

「荷物どうします? 運びますか?」

「いや、バッグがあるから大丈夫だ」

 クナルが肩から掛けていたバッグをカウンターに置き、そこに服をしまっていくけれど……明らかにバッグの大きさと収納容量が釣り合ってなくないか!

「クナル、そのバッグ!」

「あぁ? マジックバッグだ。そっか、知らないか」

 全部を仕舞い終わったクナルが見せてくれた使い込まれた革のバッグは、見た目にはA4の雑誌が入りそうな程度。マチはあまりない。とても十枚以上の衣服が入るようなものじゃないのに。

「魔法が掛けられたもので、中に入れた物の容積をもの凄く小さくする。重さもな。流石に時間経過を止めるほどの高級品じゃないけど、沢山買い物する時には助かるんだ」

「すごい……」

 これぞ異世界な道具が目の前に。何の変哲もないのに。

「これ、俺も買えるかな?」

「金貨30枚くらいだから、ちょっと高いな」

「金貨……30枚?」

 この世界の金銭感覚とか貨幣とかが分からない。

 そんな俺を見て、クナルは苦笑した。

「常識の勉強、必要だな」

 苦笑する彼がいっそ憎い。だって、昨日の今日なんだもんよ。でも、正直助かります。

 次は雑貨屋でタオルを幾つか見繕った。これは俺も拘りがある! 選んだのは大判のバスタオルで生地はふわふわな物にした。

「そこは拘るのな」

「薄いのだと肌に強く擦れて痛いんだ」

 慌てて拭く癖があるから、ついつい強く拭いてしまう。そういう時にタオルが薄くて硬いと痛い。

 そういえば、この世界に柔軟剤とかってあるんだろうか?

 見回したかぎり、あわ玉石はあるけれどそれっぽい物はない。無いのだろうか。

 雑貨屋では他にも針と糸のセットや自室用のコップなんかを買った。

「次は魔道具屋だな」

「魔道具?」

 雑貨屋を出て歩いていくクナルの隣に並んで、俺は見上げる。彼は頷いて一件の店の前に立った。

 木造の店は間口としてはそんなに大きくはない。店先にはランプやポットが置いてある。

「魔石と魔法回路で任意の動作をさせる道具だ。大型だとコンロや冷蔵庫、空調なんかもあるな」

「お世話になってるやつだ」

 昨日一日でもこれらは大変お世話になった。水道なんかもこれだ。

「この店では大型は受注で、店先では小物を扱ってる。あんたの部屋、ランプないだろ? あると便利だからな」

 俺が今間借りしているのは使っていない部屋で、ベッドやクローゼットなんかの大きな家具は備え付けだけれど小さな備品はない。だから夜はけっこう暗くて、リデルからランプを借りたのだ。

 扉を押し開けるとチリンチリンという軽くて可愛い音がする。人の気配のない店内は程よく日の光が入ってくるけれど、明かりをつけているわけではなかった。

 そんな店の奥から音を聞いて、一人の人が出てきた。長身で細身のその人は薄い金色の髪を片側編み込んだ眼鏡の人で、色も白い。尻尾も特徴的なけも耳もないけれど、代わりにその耳が尖っていた。

「おや、クナルいらっしゃい」

「久しぶりだな、リンレイ」

 親しげな様子で近付いていくクナルだが、俺の気持ちは騒がしい。そんなにゲームとかアニメとか見てる方ではないけれど、そんな俺だってこの特徴は知っている。これは……。

「エルフだ」

「ん?」

 思わず呟いた俺を見た人が首を傾げる。緑色の瞳が、なんだか疑問そうにしていた。

「おや、珍しく人連れかい?」

「あぁ。マサ、こっち」

 手招きするクナルに呼ばれて近付いていく。カウンターを挟んで、俺は改めてその人と向き合った。

「リンレイ、紹介する。昨日から宿舎の家政夫になったマサだ」

「あの宿舎に家政夫! どんな勇者だい!」

 あっ、この人あの惨状を知っているんだな。

 それだけでなんだか、現実に戻された感じがした。

「マサ、こっちは魔道具屋のリンレイ。見ての通りエルフで、4年くらい前までは騎士団にいた」

「怪我が原因で引退したけれどね。よろしく、マサ」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 友好的に差し伸べられた手を握り返して俺は笑う。エルフって、もっと人が嫌いとか、お高いイメージがあるけれどそうでもない。それに元騎士なんて、この細い体じゃ想像出来ないけれど。


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