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3-3 羊先生と野菜(3)

 拭いては少し移動し、また移動し。日々の掃除の有り難みを実感しつつ格闘すること30分、どうにか高所の拭き掃除と窓拭きも終わった。


「マサ、大丈夫か?」

「クナルさん」


 庭に通じるドアからひょっこりと顔を出したクナルに俺は笑い、頷いた。


「高い所の掃除は終わったので、これから棚とかも拭こうと思っています」

「一人でやったのか! そこまでしなくて良かったんだぞ」

「駄目です。ある程度やっていかないと洗濯物が埃っぽくなりますし、布は臭いも吸うんです。洗濯物がない今やってしまわないと」

「あんた、真面目なんだな」


 思い立ったが吉日、やろうと思えたタイミングを逃しちゃいけない。今が掃除のベストタイミングなんだ! なんて言っても分かってもらえるかどうか。


「真面目ってほどでも。ただ、やれる事をやっているんです」


 俺としては当然と思って言った言葉だが、クナルはほんの少し申し訳なく目を細めて近付き、ポンポンと頭を撫でてきた。驚いて見ると、彼は優しげな表情をしている。その顔に、僅かに心臓が音を立てた。


「あんたは働き者のいい奴だよ、マサ」

「……頑張ります」


 呆然として言った言葉にクナルはニッカと笑い「頑張り過ぎるなよ」と足してまた外へと出て行った。

 なんだろうか、この感じ。恥ずかしいような、ムズムズする感じ。突如沸いた自分の感情が分からないなんて、妙な気分だ。


 とにかく呆けている時間はない。次々とやっていかないと。

 一度バケツで雑巾を洗ってまた石けん水に浸して今度は棚だ。ランドリールームは壁際一つが簡易の棚になっていた。かなり物が置ける。そして大量の籠が使用感のないまま複数出てきた。埃を被っているからこれも外で軽くはたいて拭いていくと元の薄茶色に戻った。臭いもない。

 それを棚に入れていくと全て綺麗に入った。


 次は床だ。まずは隅々まで丁寧に掃いてゴミを捨てて、今まで使っていた石けん水を手で掬って床に撒く。次はデッキブラシのような物で床をゴシゴシ磨いていけば茶色く濁った水になっていく。長年床に染みついた汚れだ。


「これは掃除しがいがあるな」


 額の汗を拭い時々腰を伸ばして戦う事1時間。デッキブラシで磨いて雑巾で拭いて、またデッキブラシで磨いてを繰り返す事数回でようやく廊下に近い石畳の色になった。


「ふぅ……」


 疲れた。こんな大掃除は近年していなかった。日々それなりに掃除をしていれば大掃除なんて不要で、精々普段やれてない部分の掃除だけで済むから。

 でも、やった分だけ結果が見えるというのも達成感がある。心なしか臭いも消えて空気が清浄になった気さえする。


「うわぁ! 何これ何これ!」

「すげぇ……」

「掃除の天才か~、マサは」

「僕達の救世主だね!」


 戸口で声がして振り向くと洗濯を無事に終えられた5人が手に真っ白な洗濯物を持って立っている。クナルは呆然とした顔をして辺りを見ていた。


「別室かよ……」

「あはは、大げさですよ。洗濯終わったらそっちの机に置いて畳んでいきましょう。ちゃんと拭いてあるので大丈夫ですから」


 かさばる洗濯物を長く持たせるのも悪い。案内したのは部屋の真ん中にドンとある大きな机だ。これに乾燥まで終わらせた洗濯物を置いてもらうと、俺はそこに拭きたての籠を一つ持ってきた。


「一つ確認なんですけれど、このシャツの首についてるタグ。ここに書いてあるのが名前ですよね?」


 洗濯をして気づいたのだが、シャツの首にタグがあってそこに文字が書いてある。そして俺は何故かこの文字が読める。これが異世界あるあるかと妙な感動をしてしまった。


「そうだ。ズボンのベルト裏にもある」

「良かった。じゃあこれを畳んで……籠に入れる。ズボンも同じ名前の人の物は籠に入れていって、揃ったら棚に戻す。それで後は皆さんに取りに来てもらいましょう」


 持ってきていたシャツを畳んで籠の中に。その間にキマリが同じ人のズボンを二つ探しだして畳んで籠に入れた。


「もしも何かが無くなっていれば分かりやすいですし、その日の洗濯物はついでに出していってもらって翌日早い時間に洗えるように準備もできます」

「準備?」

「つけ置き洗いです」


 ぱっと机に背を向けて向かったのは棚とは反対側の壁際。こっちには外の洗い場とは別にシンクのような深い水場があり、水道の蛇口によく似たものがついている。試しに付いていた魔石に触れたら水が出てきた。そして底の方には穴が空いている。


「洗濯物はここに入れてもらって、前日の夜からあわ玉石の石けん水に浸しておくんです。これだけで酷い汚れなんかが落ちやすくなるはずなんです」

「へぇ~、そうなんだ。知らなかったね~」


 繁々と見るフリートだが、疑っている様子はない。俺の言う事を信じてくれるみたいだ。


「それと、皆さんに頻繁に来てもらう事で綺麗に使おうっていう意識が出来てくれるといいなって。近付かない場所って荒れるので」

「あー、それな。あるわ。俺等獣人は大抵鼻がいいからな、ここの臭いはマジ無理だった」

「今臭いしないんだよね、兄弟?」

「そうだね兄弟。むしろ居心地がいいんだよね」

「あぁ、嘘みたいだ。空気がいい」


 サンズが納得しているのか腕を組んで頷き、キマリとキリクも顔を見合わせて頷き合う。クナルに関しては未だに信じられないと辺りを見回している。

 これもあわ玉石効果だろうか。もの凄く落ちるからはかどった。あれ、現世で絶対に売れると思う。


「シーツはこっちの大きな木箱に畳んで入れて棚の中に入れて、必要な人は持っていってもらえたらと思うんですけれど」

「了解した、夕食の時にでも周知させとく。というか、夕飯の後で全員ここに呼んでシステム説明する」


 クナルが頷いて了承してくれる。これなら安心だ。


「んじゃ、さっさと畳んでいこうぜ」


 俄然やる気になったのか、サンズが腕をまくって大きなシーツを畳み始める。キリクとキマリはどっちが多く服を畳むか競争を始めた。

 なんだか、こういうのもいいなと思える。わいわいしながら家事をする光景は少し懐かしい。星那と一緒に洗濯物を畳んで、お日様の匂いがするってはしゃいだりもして。そんな懐かしい時間を思い出してしまった。

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