これに果物が一皿出されて辺りを見回し、クナルに案内されて空いている席に。
そうして食べ始めたはいいのだが……無理だった。
まず肉が硬い。そしてミディアムレアとレアの中間。ほぼ生に近い。味付けもシンプルに塩とコショウという感じだ。
そしてパンが硬い。表面が硬いというだけじゃなく中も硬い。人間の俺じゃ噛みきれない!
「どうした?」
「ううん!」
食べない俺を不審に思ったのか、クナルが声をかけてくれた。それに慌てて返して、ひとまず硬いパンをスープに漬ける。このスープは肉からダシを取っているのか味がよかった。まぁ、野菜を使っているともっといいような気がするが。
「そういえば、野菜がない?」
ふと気づいて手元を見て、俺は驚いて呟いた。果物はあるけれど野菜が使われていない。存在しない……ということはないと思うけれど。
俺の呟きにクナルは「あぁ……」と、なんとも言えない顔をした。
「主に第二部隊が今ここに居るんだが、ほとんどが肉食系でな。野菜嫌いな奴が多いんだ」
「え!」
嫌いだから出さない? そういうものなの?
確かに辺りを見回しても肉食っぽい人が圧倒的だ。もしくは雑食。中に数人サイみたいな人もいるけれど、そういう人はお弁当のようなものを持っている。
「野菜、食べないんですか?」
「食べれはするが好まんな。なんつーか、草食って腹膨らませるのは違うっていうか」
「食べられないわけじゃないんですよね?」
「それはないな」
勿体ない。野菜は料理に欠かせないものなのに。生のままならシャキシャキの食感と瑞々しい味わい。煮れば甘みやらコクやらが出る。
なによりこの食生活にどれだけ俺が耐えられるのか……未知数過ぎる。
結局ふやかしたパンとスープと果物を食べて、肉は全部クナルに渡した。流石に多いかと思ったらペロリと食べ、代わりに果物が俺の所に回ってきた。
§
食事を終えたらさっきの続き。クナルに連行されたサーバルキャット獣人のキリクとキマリ、それにイタチ獣人のサンズ、狐獣人のフリートという大人数でランドリーへと戻ってきた。
「うわぁ、臭い薄くなってるね!」
「マサ、ここに一人で戦い挑むなんて勇者だね」
「アホ、勇者も逃げるわこんなもん」
「だ~ね。デレク団長の無茶は蹴っ飛ばして断っていいよ~」
扉は開けておいたからさっきよりは臭いも薄れている。それでも惨状は惨状だ。
「よし、仕事分担だ。サンズとフリートでシーツを洗ってくれ。キリクとキマリは衣類」
「うへぇ、重労働かよ」
「洗濯苦手なんだよな」
嫌そうな顔をするサンズとキリク。ここでグダグダ言っても終わらないと言わんばかりに動き出すキマリとフリート。なんとも性格が出ている。
でもそうなると俺の仕事は?
「あの、それだと俺の手が空いてしまうんですが」
まさかもうお払い箱? 慌てて問うとクナルは辺りを見回した。
「せっかくだから部屋自体を一度綺麗に掃除したい。マサにはそっちを頼む。洗濯はこの量だからな、魔法無しじゃほぼ無理だ」
同じように見回した室内は確かに荒れているし汚れて見える。高い所に埃もありそうだし、窓も拭きたい。棚や机の上も拭きたいし一度物の整理も必要だろう。何より床が大変だ。
「俺はこいつらの見張りと指導をするが、何かあれば呼んでくれ。掃除道具はあっちの隅にまとめてある」
「分かりました、お願いします」
開け放たれた扉の先には既にキマリ達がいて、例の水の球を出している。本当に魔法は便利だ。
「よし」
洗濯物がごっそり無くなった室内は荒れている。テキパキやらないと終わらない。腕まくり一つで、俺は俄然やる気になって進み出した。
まずは転がっている物を確かめながら集めていく。既に使えないだろうヒビの入った木箱にゴミを入れていく。何かの紙屑や壊れた陶片。憐れにもこんな場所で落命したあれこれを箒とちり取りでサッと取り除いて外へ。
「お前等遅いぞ! んなんじゃ終わんないだろうが」
「むずいんだよ! なんだよ水の中でグルグルって!」
「兄弟、頑張ろう。終わらないと夕飯抜きだ」
キリクとキマリは双子の兄弟だそうで、似ているのに納得。そして二人とも洗濯は苦手そうだ。
一方で大きな水の球を浮かべてシーツを取り込み、中でグルングルン回しているのは狐獣人のフリートだ。とても余裕がある。
「あいや~、二人とも魔力操作下手くそだね~」
「これも訓練だって言ってるのにサボるからな」
呆れた様子で付け加えたサンズも器用なもので、洗濯されたシーツが洗い場の中。それでもまだ納得できないのか二度洗いされている。
道すがら話を聞くと、どうやらキマリとキリクは新人で入団1年目。サンズとフリートは同期で入団5年目だそうだ。年功序列というわけではないが、自然と在籍日数が多い人の方が実力が上がる。更にクナルは古参で、ほぼ騎士団創設メンバーなのだそうだ。
「出来るのにサボるなサンズ。フリートもだぞ」
「この腐界に挑める勇者なんぞいるか!」
「はいな~、ないわ~」
「言い訳になるか!」
クナルはお怒りで、中堅二人はそ知らぬ様子。なんだかんだで仲がいいんだろうと思う。相手が分かっていないとこんな軽口は使えない。
さて、簡単な整理も終わった。使えそうなものはひとまず大きな机の上に置いて、駄目そうな物は外に出した。
次は高い所の埃落とし……なんだけれど、残念ながらはたきなんて物はない。勿論だがウェ〇ブとかクイ〇〇ル〇イパーなる現代の便利道具もない。仕方なく箒で高い所を掃くようにして埃を落とす事になった。
「うっ、げほ……。うわぁ、凄いな」
落ちてくる埃で咳が出る。持っていたハンカチで口と鼻を押さえるけれどそれでもだ。もしもこの世界にマスクがあるなら欲しいところだ。
それでも一通り高所の埃を落としたら踏み台を使って水拭き。長年放置されていただろう壁には汚れも目立つ。これをあわ玉石で作った石けん水に浸した雑巾で拭いてまわる。
「それにしても落ちるよな、あわ玉石って」
長年の埃が蓄積してやや黒ずんだ壁も数回拭けば元の色に戻る。それほどゴシゴシしなくても大丈夫だ。