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3-1 羊先生と野菜(1)

 騎士団の食堂は学食を思わせるものだった。

 広い場所に並ぶ長机と椅子は木製で広めに作られている。入口から正面の配膳台までは通路として広くスペースが取られ、体型も種族も違う人達が行き来している。

 石畳に石の柱が等間隔。窓からは明るい陽光が入ってきている。そしてここは当然だが綺麗だった。

 食堂に来たクナルは何やら探すように辺りを見回し、やがてズンズンと進んでいく。俺は置いていかれないように慌ててその後を追った。


「キリク! キマリ!」


 厳しい声で呼んだ先にいたのは小柄な少年二人だった。

 二人とも金に近い明るい茶色の髪に黒のメッシュで、肩に掛からない程度のボブっぽい髪型に大きな猫目。背は俺よりも小さい気がする。そして目の色以外は瓜二つだった。

 頭には顔の大きさに対して大きな三角形の耳で先は丸く、横に黒い縞が入っている。尻尾も同じように横縞で、細くしなやかな感じだった。


「クナルさん、何?」

「どうしたの?」


 動きや表情までそっくりな二人は大きな目をキョトッとさせている。何故呼ばれたのかも分からないといった感じだ。

 そんな二人の前に仁王立ちしたクナルはゴンゴン! と二人に拳骨をして腕を組んで睨み付けてしまった。


「いったぁぁぁ!」

「暴力反対!」

「うっせ! お前等、洗濯当番どうした」

「「あ……」」


 どうやらこの二人が今日の洗濯当番だったらしい。言われて、ばつが悪そうに顔を見合わせている。


「午後からやろうと思ってたんだよ!」

「忘れてたとか、面倒だな……とか思ってた訳じゃないんだよ!」

「全部口から出てるぞキマリ!」

「ふぎゃん!」


 青い目の少年がしまった! という顔をしている。ということはもう一人、緑の目の方がキリクなんだろう。

 それにしてもこの二人、なんの獣人なんだろう?


「お前等がちゃんとやらねーから、マサが一人で手で洗濯してたんだぞ」

「マサ?」

「あれを手で? イカレてんね!」


ゴチン!


 口は災いの元とはよく言ったものだ。

 頭を押さえたキリクがふと顔を上げて俺と目が合った。しばしそのままパチクリとした次の瞬間、「あぁぁぁ!」と大きな声を出して指を差すから流石にビクッ! としてしまった。


「誰それ! それがマサ? 何族? 耳ない!」

「クナルさん、連れ込んだんですか?」

「アホ、俺じゃなくてデレク団長だ」

「「あ~」」


 ここでも妙な納得。どうやらデレクはあちこちで人を拾ってくるようだ。


「こいつの紹介もする。お前等、午後はきっちり洗濯だからな。俺も側に付くから逃げられると思うなよ」

「不公平だ! 昨日サンズもサボったもん!」

「フリートもだもん!」

「よし分かった。あいつらも連行だ」


 どうやら犠牲者が増えたようだった。


 とりあえず容疑者確保が終わったのか、クナルは中央の通路を堂々と歩いていく。さっきの大声でなんとなく食堂内の視線が俺に集まっている感じがして妙に緊張した。なにせ注目を浴びるなんてあまり無かったから。

 配膳用のカウンターの前に立ち、皆がいるテーブル側へと向き直ったクナルが隣に俺を置く。自然と見知らぬ俺へと視線が集まってきている。こんなの高校時代の自己紹介以来で、いたたまれないような恥ずかしいようなで俯いてしまいそうだった。


「皆聞いてくれ! 今日から新しい仲間が加わる事になった!」


 堂々とした声で呼びかけるクナルが俺の背中をトンと押す。一歩前に出された俺は皆を見回し、カ……と体が熱くなる感じにオロオロしながらも一つ頭を下げた。


「今日からこちらで家政夫として働かせて頂く事になりました、マサです。宜しくお願いします!」


 最低限は言えたはず。思いチラリと顔を上げると目の前はザワザワしていた。


「家政夫って……ここの?」

「マジかよ、あんな細っこくて大丈夫か?」

「ってか、何族だ? 耳も尻尾もないぞ」


 僅かに漏れ聞こえてくる戸惑いの言葉に気持ちは俯く。やっぱり受け入れられないんじゃないか。そんな予感がしてしまう。

 けれど背中を押したのはクナルだった。


「こいつは人族で、今日召喚された聖女の兄だそうだ。まだ魔法も使えなければこの世界に来て数時間だ。助けてやってくれ」

「聖女!」

「マジか!」


 途端、戸惑いの声は興味と好奇心に変わり此方を見る目が輝いた。それはそれで圧が強かったが、少なくともさっきよりはずっと嬉しいものだった。


「俺もしばらくはこいつにつく。家政夫が出来たからって仕事が無くなるわけじゃないからな、お前等。ってことで、サンズとフリートは昨日の洗濯サボりの罰当番だからな!」

「おぅふ、マジか」

「あいや~、バレた」


 丸いちょこんとした黒っぽい耳の青年と、狐目に狐の耳の青年が途端に嫌な顔をする。どうやら彼等が昨日の当番だったようだ。


「ということで、ひとまずメシ!」

「「いただきまーす!」」


 挨拶も元気に食べ始めた人達はもうそちらに夢中になっている。切り替えの速さに呆然としていると、クナルが俺の服を引いた。


「さて、俺達もメシにするか。トレー持ってここに並べばいい」

「分かりました」


 置いてあるトレーを手にしてカウンターに並ぶと、そこに立っていた大柄な男性がにっこり笑って色々と置いてくれる。スープにパンに肉がてんこ盛り……。


「あの、肉の量そんなにいらないです」

「ん? 具合悪いのか? 食欲ないのか? お前さんは細っこいから食べなきゃ駄目だぞ」


 そう言う配膳の男性は心配そうだ。おそらく熊獣人なのだろう。デレクくらい大きくて、つぶらな丸い目をしていた。


「人は一度に沢山食べられないんです」

「そうなのか? んじゃ、余した分は他にやるといいぞ。皆喜ぶ」

「そうなんですか?」


 首を傾げて隣のクナルを見ると、既に欲しそうな顔をしていた。

 なんだろう、可愛い。大きいし格好いいはずなのに目をキラキラさせて肉を凝視しているのを見るとあげたくなってしまう。

 まぁ、食べきれないだろうからいいんだけれど。


「クナルさん、食べますか?」

「いいのか!」

「はい。残すの勿体ないので」


 伝えると尻尾が機嫌良さそうにゆらゆらしている。感情が尻尾とかに出るのって、可愛いよな。

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