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2-3 第二騎士団宿舎(3)

§


 デレクの執務室は正面を入って左手側。こっちには他に応接室や客人用の寝室、医務室なんかがあるらしい。こちら側は小綺麗にしておかないといけないので定期的に業者を入れている。

 問題は正面入って右側。こちらは主に団員の共有スペースで、食堂や談話室がある。ちなみに風呂は敷地内の独立した建物らしい。

 案内されて右側の共有スペースに。角を曲がると廊下は続いているのだが……なんか、空気が淀んでいる。

 別に臭いがするとかじゃない。空気がどんよりしている気がする。

 辺りを気にして見ていると、明らかに細かな所の掃除がされていない。黒っぽい木材の窓枠をスッと指で一撫ですると、指の腹に埃がそれなりについた。


「やり直しですね」

「お前、案外厳しいな」


 ジト目で自分の指を見ながら言った俺に、デレクが苦笑した。

 そのまま廊下を進んでいくと、とあるドアから明らかにドヨドヨしたものを感じた。ピタリと足を止めた俺を見て、デレクが心底深く溜息をつく。


「お察しだ。とりあえず特急でなんとかしてほしいのが、あの部屋だ」

「……なんの部屋なんですか?」

「ランドリーだよ」


 洗濯……だと?


 いや、どう考えても洗濯物が発するような負のオーラではない。扉の隙間から何かしらの呪いが漂ってきている。

 そこへと大股で近付いたデレクが服の襟を上げて鼻と口を覆った。


「開けるぞ。お前も鼻と口塞いどけ」


 忠告に従いパッと自分の服の袖で口と鼻を覆った俺の前でドアが勢いよく開けられる。途端、中からしたのは想像を超えた臭いだった。


「くっっっさ!」


 石畳の室内は洗濯物を置いておく棚やアイロンらしき形のもの、畳み台なんかがあるが、それらを無視して洗濯物が床に散乱していた。服にズボンに下着にシーツ。洗わないまま何日放置されたのか、汗の臭いや皮脂の臭い、それらが発する雑菌臭が室内に充満していた。


「目が痛い!」


 思わぬ刺激臭に鼻だけじゃなく目に染みる。

 そんな俺の横をズンズン大股で進んでいったデレクが奥にあるドアを開けた。

 その先は外だった。おそらく中庭だ。二人並んで通れるくらいの空間から見えた先には広い洗い場やポンプ式の井戸も見られた。

 臭いはそこから外へと放出されて少しましになったが、それでもげんなりする感じだ。


「……どうにかなるか?」

「……ガンバリマス」


 思わず棒読み。でも、これが俺の仕事なら尻込みばかりしていられない。

 ヒョコヒョコしながら部屋を横断して奥の扉から中庭に。そこは明るくて気持ちいい風の抜ける場所だ。

 縁のある洗い場は平らで畳二枚分くらいある。そこに直接水を流し込むのだろうポンプ式井戸があり、使い勝手は良さそうだ。


「排水はあそこに栓がある。それを抜けば下に落ちていって、洗浄魔法で一応綺麗にしたものが下水に流れる」

「下水があるんですね」


 思った以上に文明やらは進んでいる。


「あるぜ。定期的にそこに潜ってねずみ型の魔物退治すんのも俺等の仕事だ」

「あぁ……お疲れ様です」


 でも、大事だよね。衛生上も。


「あの、洗剤とかはないんですか? 服を綺麗にする石鹸とか」

「それならこれだ」


 デレクが井戸の側から木箱を持ってくる。それを開けると中には乳白色の丸いツルツルした石が入っていた。手の平に乗るくらいの大きさだ。


「あわ玉石っていって、こいつを水につけると洗浄効果のある泡が出る。洗濯や食器洗い、掃除に、体や髪を洗うのもこいつを使う」

「万能ですね」


 試しに持ってみたけれど、それ程重い感じはない。ツルツルで、スルッと落としてしまいそうだ。


「これって無くなりますよね?」

「寿命は長いから安心しろ。その大きさで毎日洗濯して一年は余裕だ」

「すごい!」


 これ、元の世界にもあれば便利だったのにな。

 何にしても洗濯だ。とりあえずランドリーに戻って服を持ってくる。ざっと四十枚くらいあるか。

 触った感じの素材は木綿っぽい。地は厚めでしっかりとしている。色はおそらく白に近いけれど自然な風合いが残っている。形は巻頭着っぽくて半袖。頭からすぽっと着て、胸の前にある紐で締めて調節するのだろう。

 それらを洗い場に入れて水を…………あれ?


「あの、これどうやって水を出すんですか?」


 てっきり手押し式ポンプだと思っていたのに、肝心の手押し部分がない。

 デレクに問うと、彼は近付いて汲み上げ器の一番上についている青い宝石を指差した。


「こいつにチョンと触ればいい」

「触れば……わぁ!」


 言われた通りチョンと触ると石がほんの少し光り、続いて水の出る所からザァァ! と水が溢れ出した。


「おっ、一応魔力はあるんだな」

「魔力?」

「そいつは魔石でな。どんな種類の魔力でも反応して組み込まれた通りの動きをする。魔力も少量あれば大丈夫なんだ」

「便利ですね」


 試しにもう一度触ったら水は止まった。


「他にも料理の煮炊きに使うコンロ、食材を冷やす為の保存庫、屋敷内の空調にも魔石は使われてる」

「俺、魔力なかったらどれも使えなかったんですね……」


 本当に使えない奴になるところだった。

 そしてここでとある疑問が。


「俺、魔力あるんですか? もしかして、魔法が使えたりとか」

「そりゃ分からん。魔力はあってもそれを放出する能力がなきゃ魔法は使えん。こいつは向き不向きもあるから、なんともな」

「そうなんですか……」


 少し期待したけれど、なんだかがっかりな結果になりそうだ。


「まぁ、魔法が使えてもそれを制御できないんじゃ逆に危険だ。のんびり行こうぜ」

「はい」

「ってなことで、俺はここを離れてもいいか? 他の野暮用を片付けに行きたいんだが」


 実に申し訳無い様子で問いかけられ、俺も苦笑する。でも当然「無理」なんて言うつもりはない。


「大丈夫です」

「悪い! 声かけられそうなら他にも声かけておく。あと、誰か来てなんか言われたら『デレクの紹介で今日から家政夫になりました』って言っとけ」


 そう言うと、彼は慌ただしく何処かへと行ってしまった。

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