少し気分も上向いて、とにかくやれるだけの事をやろうと決めた俺。そんな俺をデレクはジッと見ている。
「なぁ、マサ」
「はい?」
「お前さん、年はいくつだ?」
「三十二ですけれど」
「三十二!」
お茶も頂き普通に返したつもりの俺は、目の前で盛大に目をまん丸にして尻尾が一瞬逆立ったデレクを呆然と見る。何か問題でもあっただろうか?
「見えねぇ……マジか。俺と大して変わんないってか」
「そうなんですね。俺はどっちかと言えば老け顔だって言われますけれど」
「いや、もっと下かと……いや、年齢不明か? のほほん顔で全体的に印象薄いんだよな」
「日本人の顔って、海外の方とかからはそう見えるみたいですね」
世界が違ってもそこは共通か。デレクはワイルドで彫りが深い。癖の強い金髪に切れ上がった金色の目。鼻が高くてエラがしっかりした外人風だ。さっきの金髪狼も外国の美麗王子といった感じがした。
「もしかして、聖女様も年齢それなりか?」
「十七です」
「若いが、見た目よりは上か。ってかよ、年齢凄く離れてないか? 兄妹なんだろ?」
「兄妹ですけれど、血は半分しか繋がってないんです。俺、母さんの連れ子で父親が違うんで」
だからって何も悲観的な子供時代じゃなかったから、のほほんとお茶を啜りながら言った。けれど受け手はそうは見ない。思い切り可哀想な人を見る目をされている。
「あの、そんな可哀想な過去とかないですからね?」
「いやあるだろ!」
「ないですよ。俺の母さんは若いときに俺の父さんと出会って俺が出来たんですけれど、それを聞いた父さんは逃げちゃって」
「既に悲壮感あるだろうが」
「覚えてませんし。それに母さんは俺を産んでも楽しそうだし、母さんが再婚するまでは母さんの実家に住んでて、祖母ちゃんや祖父ちゃんと楽しくやってました」
思えば、母さんが強い人だったんだ。普通二十歳前に子供が出来てなんて、沢山迷うはずなのに。それでも産んでくれて、笑顔で明るくて前向きで。祖母ちゃんはおっとり、祖父ちゃんは厳しかったけれど色んな事を教えてくれた。
だから一人親でも俺は自分を可哀想なんて思わなかったし、そんな風に言ってもらいたくない。
「すげぇな。んで、そのお袋さんが再婚して?」
「義父もいい人で、凄く大事にしてもらいましたよ。星那も生まれて、母さんは念願だった小料理屋を持てて忙しかったりでバタバタでした」
「んじゃ、あっちの世界で親父さんもお袋さんも心配してるんじゃないか?」
「既に二人とも居ないので、それは大丈夫です」
「!」
またデレクの尻尾が驚きに逆立った。目がオロオロしている。体の大きな人がオロオロするのって、見ている分には少し面白いな。
「義父は事故で。妹は小さいし、母さんはショックで暫く動けなかったし。でも俺はその頃それなりに大きかったから、色々してました」
「苦労してるな」
「嫌じゃないですよ。妹の学校行事に参加したし、母さんと店に出たり。調理学校出て、他の店で修行して数年は母さんと一緒に店もやれて、楽しくて」
あの頃が一番楽しかったのかもしれない。忙しさに目が回りそうだったけれど、大好きな母さんと一緒に店をやって、星那がたまに手伝ったりもして。
母さんが無理をしていることに、気づかないくらい忙しかった。
「お袋さんは」
「二年前に、倒れてそのまま。俺がちゃんと気づいてやれればもっと早く病院に行けたのに。それは少し、後悔しています」
でも生活は待ってくれない。星那の高校進学とか、店の事とか。幸い母さんも父さんも色々と残してくれたから生活に余裕はなくても頑張れた。
「なるほどな。そんだけ兄ちゃん頑張れば、妹は慕ってくれるわな」
「俺がこんなだから、星那の方は気が強くなって」
「聞こえてたぜ、『お兄ぃに乱暴したらぶっ殺す!』だったか。ありゃいい性格してるぜ」
「女の子がそんな言葉使いしちゃダメだよって言ってるのに」
「がははははっ」
大いに笑うデレクに苦笑の俺。そして脳裏に浮かぶのは妹の事だった。
「デレク。星那の自由を取り戻す為には何をしたらいい?」
真剣に問いかける俺を見て、デレクは笑いを収めてズイッと顔を寄せた。
「おう、それな。それを語るにはちぃとこの世界の事情ってもんを知ってもらう事になるが、いいか?」
「勿論」
「よし」
言いながら、デレクは再度お茶を淹れる。どうやら長丁場なようだ。
「この世界には幾つか種族がいて、それぞれ国を作ってる。そんで、世界のほぼ真ん中にあるのが魔の森と呼ばれる鬱蒼とした森だ。こいつが問題なんだ」
名前を聞いただけで怖い感じがする。そういえば魔物を狩るとか言っていた気がする。この世界には魔物がいるんだ。
「ここから瘴気ってもんが出てて、魔物を産んだり呼び寄せたり、大地や大気を汚染する。人間の国はこの森に近い所にあってな、森から溢れた魔物の暴走で滅んじまった。生き残りもそれぞれの国に行って、そこで婚姻なんかを繰り返すうちに純粋な人間は消えた」
「だから人はいないんですね」
混血はいるのだろうが、純粋な人族というのはいない。そして国は魔物の暴走で滅んだ。デレクも頷いている。
「この魔の森は大体の国がどこかしら接してて、魔物と瘴気の問題はどこも抱えている。だが俺達じゃこの瘴気を払えない。瘴気が原因の病も癒やせない。教会が多少やれるが、程度がな」
「深刻なんですよね?」
「まぁな。唯一瘴気を消せるのが異世界から来た聖女様だ。浄化能力があって、そいつで瘴気を消せる。ってなことで、各国がそれぞれ召喚なんかをするが、くる聖女の能力にバラつきがある。浄化能力が高いのもいれば、ちょこっとしかできないのもいる。でも聖女じゃなきゃ瘴気が消せないから王族や貴族が囲い込んじまう」
あぁ、だからあの王子は必死に星那を取り込もうとしているんだ。良い暮らしと贅沢を保証して、なんなら結婚とかも考えているのかもしれない。そうなれば聖女は王子のものになって、聖女の力が欲しければあの王子の言いなりになるしかない。
実に反吐の出る話だ。
「今回の儀式は第一王子が主導してきたんだが、少し前の魔物討伐で怪我をしてな。穢れも受けて傷の治りもよくなくて、仕方なくあの無能王子を代理にした。王子は二人で、慣例として儀式は王子が主導するってなってんだ」
「……その第一王子って人は、まともな人ですか?」
真剣な俺の問いかけに、デレクは大真面目に頷いた。
「民の為に動き、危険な魔物討伐にも御自ら参加して力を貸してくれる奇特な方さ。変わり者とも言うが、俺達も民もその人が好きだぜ」
「その人の怪我が治ってくれたら」
「お前の妹は第一王子の傘下に入って、聖女の仕事は頼んでも望まん事はしなくてよくなるだろうよ」
ニッと笑ったデレクを、俺は強い目で見た。
「俺に何かできませんか!」
「ははっ、助かるぜ。んじゃ、とりあえず少し落ち着いたら魔力鑑定とスキル鑑定をしてくれ。聖女と一緒に召喚されたお前さんがまったく無能とは思えん。何かしらあるんじゃないかと思うんだ。それを明らかにする」
俺に、何か特別な力がある? そんな感じはまったくしないけれど。でも、そこに希望があるのなら!
「やります!」
「おうよ。んじゃ、それまではここを頼む。マジで頼む。これから現場に連れてくけどよ……倒れるなよ?」
「どんだけなんですか、その現場」
頑張る。頑張るよ? でもそんなに脅されるほどの惨状って、どうなんだろう……。
希望は見えた。一抹の不安は肥大中。とにかく前に進まなければ何も進展はしないんだから、勇気を持って一歩踏み出せ!
俺の新生活はここから始まるのだから。