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第10話

時刻は0時を回っていた。真田先生が「そろそろ」と切り出したところで、颯太が思い出したように声をあげた。


「そうだ!せっかくだから、僕のメスさばきを見てください」


そう言って、颯太は台所の方に向かい、冷蔵庫を開けると中からオレンジを取り出した。真田先生は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑みながら腕を組んで、颯太の動きをじっと見守っていた。

颯太はメスを取り出し、ゆっくりとその刃をオレンジの表面に当てた。オレンジの皮は薄いが、力を入れすぎると果肉を傷つけてしまう。彼は集中して、一定の力加減を保ちながら、まずはオレンジの上部に円を描くように切れ込みを入れた。皮が均一に切れ、鮮やかなオレンジ色が表面に浮かび上がる。


「まずはここからですね…」


彼は次に、その切れ込みから皮を縦に切っていった。切れ目は深すぎず、しかし果肉に近いところまでしっかりとメスが通っている。まるで手術のように、慎重に、そして丁寧に刃を動かしていく。


「ふむ、なかなか繊細だな」


真田先生は腕を組んだまま、感心したように呟いた。颯太の手つきはスムーズで、無駄がない。メスが皮を通るたびに、オレンジの皮が薄くむけていく。すべての動作がリズミカルで、まるで果物の皮むきではなく、精密な手術の一部を見ているかのようだった。

颯太はオレンジ全体の皮を一周するように切れ目を入れると、指で皮の端をつまみ、静かに果肉から皮を剥ぎ取っていった。オレンジの皮は滑らかに剥がれ、果肉が美しい状態でその姿を表した。


「どうですか?」


颯太は剥き終わったオレンジを真田先生に見せ、少し自信を持った表情を浮かべた。果肉は一切傷つけられることなく、完璧に皮だけが剥かれていた。


「うむ、見事だ」


真田先生は微笑みながら、軽く拍手を送った。


「オレンジの皮をこんなに綺麗に剥けるなら、心臓の繊細な手術だって安心して任せられるな」


その言葉に、颯太は照れくさそうに笑った。


真田先生は微笑みを浮かべたまま、颯太をじっと見つめ、少し冗談っぽく言った。


「次はバナナで試してみろ」


颯太はすぐに冷蔵庫からバナナを取り出し、再びメスを構えた。真田先生の要求に応えるべく、より一層集中して取り組む。

バナナの表面は柔らかく、オレンジとは違う扱いが必要だ。颯太はメスをバナナの上端に優しく当て、ゆっくりと皮を縦に切り始めた。力を入れすぎると果肉が潰れてしまうため、慎重に切れ目を入れていく。薄い皮がメスの切れ味に従って滑らかに剥がれていく。


「バナナの皮はオレンジよりも柔らかいですから、繊細な手さばきが必要ですね…」


真田先生が見守る中、颯太はバナナの皮を少しずつ剥いでいった。果肉に触れることなく、切れ込みに沿って皮を丁寧に乖離させる。バナナの果肉がきれいな形で姿を現した時、真田先生は軽く頷いて満足そうに言った。


「なるほど、これも見事だ。果肉が全く傷ついていない」


「ありがとうございます」


颯太は軽く息をつき、再び自信を取り戻していた。その後、真田先生はカウンターを指差しながら、次の課題を提案した。


「じゃあ、次はキウイだ。あれを綺麗に剥いてみせろ」


キウイの皮はザラザラしていて、オレンジやバナナとは違った難しさがある。颯太は慎重にキウイを手に取り、まずは小さく切れ目を入れた。果肉が柔らかいので、切り込みが浅くなるように注意を払いながら、皮の表面を薄く剥がしていく。

メスがキウイの皮を滑るように進むたび、果肉との境目が徐々に明らかになり、皮が綺麗に乖離されていく。複雑な皮と果肉の間を微妙に削ぎ取るように、メスを滑らかに動かし続ける颯太の手つきは、まるで心臓手術の一環のようだった。


「キウイはちょっと難しいですね。でも、コツさえ掴めば…」


キウイの皮が完璧に剥けたとき、真田先生は深く頷いて言った。


「見事だ、神崎。メスを扱う技術は確実に成長しているな」


颯太は真田先生の評価に感謝し、内心の充実感を感じながら、もう一度自信を胸に秘めた表情を浮かべた。

颯太はオレンジ、バナナ、キウイを丁寧に剥き終えた後、それらを一つずつミキサーに入れた。果物の鮮やかな色が混ざり合う様子を見ながら、冷蔵庫にあったヨーグルトを追加し、蓋を閉めてスイッチを入れる。ミキサーが唸りをあげ、果物とヨーグルトが滑らかにかくはんされていく音が部屋に響く。


しばらくして、ミキサーが停止すると、颯太はその混ざり合った液体を容器に注ぎ入れた。柔らかなフルーツの香りが漂い、色鮮やかなフルーツヨーグルトミックスが出来上がった。


「これを冷凍庫に入れて、明日にはアイスクリームとして食べられるかな」


そう呟きながら、颯太は容器を冷凍庫へ入れ、扉を閉めた。冷凍庫の音が静かに動き始めると、少しほっとした気持ちが胸に広がった。

その様子を見ていた真田先生は、満足そうに微笑んだ。


「よくやったな、颯太。しかしな、まだ縫合は時間がかかるし、手術経験もまだまだだぞ。これからも努力を怠るな。明日も朝ランニングするんだぞ」


真田先生の言葉は厳しさを含んでいたが、その奥には期待と愛情が感じられた。

颯太は背筋を伸ばし、真剣な表情で答えた。


「はい、俺、頑張ります」


その答えを聞くと、真田先生は満足げに微笑み、そっと颯太の腕を離した。次の瞬間、真田先生の姿はふっと消えてしまった。きっと病院に戻ったのだろう。

一人残された颯太は、ようやく緊張が解けたのか、どっと疲れが押し寄せてきた。長い一日が終わり、思わず深く息を吐いた。風呂にも入らず、疲労に負けてそのままベッドに倒れ込むように沈み込む。頭の中には今日の出来事が渦巻いていたが、すぐに意識が遠のいていった。

その夜、颯太は静かな眠りに落ちていった。


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