石田君のペースメーカー埋め込み術に向けての準備が早急に進められていた。木村先生と鷹野先生、藤井先生の前でカンファレンスをしてから3日、颯太は通常業務と石田君を始めとする入院患者さんの診察とケア、そして真田先生の地獄のトレーニングの日々を過ごしていた。
真田先生からの心臓外科医としてのトレーニングは厳しく、休憩時間はすべてトレーニングに費やし、毎日夜遅くまで病院に残った。
まず、基本的な縫合技術の向上が課題だった。颯太は野菜、肉、魚、そして専用の無数の縫合練習用パッドや病院に設置されている手術シュミレーション機器を使用し、細かい手技を繰り返し練習した。真田先生は颯太の手元をじっと見つめ、指導を続けた。
「颯太、もっと手首を使って細かく動かすんだ。手術中には一瞬のミスも許されないんだぞ」
「はい」
颯太は真田先生の指導を受けながら、血管の移植技術を磨くためのトレーニングが行われた。これは非常に高度な技術を要するものであり、颯太にとっては大きな挑戦だった。正確さ、スピード、判断。すべてが同時に必要になるのだ。
真田先生は病院に保管されている自身の過去の手術動画を用いて、具体的な手順を説明しながら指導を行った。
「この部分を見てくれ、血管の接続は非常に繊細な作業だろう。一つのミスが患者の命に直結する。その部分はより注意が必要だぞ」
真田先生の言葉に、颯太は真剣に耳を傾けた。過去の動画を見ながら、真田先生の手技を注意深く観察し、漏らすことのないほど集中して見ていた。
実際の練習では、人工的な血管を使用して接続の練習を繰り返した。真田先生はいつもふざけて冗談ばかりいうような人だったが、このトレーニングの時は人がかわったように厳しい指導だった。
「もう少し圧力をかけて、しっかりと血管を接続するんだ。そうだ、その調子だ」
颯太は真田先生の言葉に従い、何度も練習を重ねた。一日でうまくなるものではない。日々の積み重ねが重要なのだ。
さらに、真田先生は過去の手術動画を用いて、具体的なケーススタディを行った。複雑な手術の手順や注意点を説明しながら、颯太に対して具体的に指導を行ってくれた。
「この手術では、患者の状態が非常に危険だったが、そんな時こそ状態をよく確認して冷静に判断するんだ。これから君もこのような状況に遭遇することがあるだろう。常に冷静さを保ち、慌てないことが重要なんだぞ」
毎晩遅くまで病院に残り、練習と学習を繰り返した。
このような厳しいトレーニングの日々が続く。真田先生の指導のもとで、颯太は自信と技術が着実に向上していくのを感じていた。
「颯太。努力は必ず報われるだろう。毎日の積み重ねが大事だ」
真田先生の言葉に、颯太は深く頷いた。 石田君のペースメーカー埋め込み術に向けた準備は順調に進んでおり、その日が迫っていた。
そして、いよいよ手術の日がやってきた。
颯太は朝早くから病院に到着し、石田君の病室へ向かった。心臓が少し早く鼓動するのを感じながら、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
病室に入ると、石田君は酸素マスクをつけて目を閉じていた。彼の体はかなりきつい様子で、顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。彼の両親はベッドのそばに寄り添い、心配そうに見守っていた。
「おはようございます」
颯太は優しく声をかけ、ベッドのそばにかがんだ。石田君の手をそっと握り、安心させるように微笑んだ。
「今日はペースメーカーの手術の日だよ。手術の流れを簡単に説明するね。手術は約2時間ほど。ペースメーカーを胸に埋め込むことで、心臓のリズムを調整し、不整脈を防ぐことができるよ。悠斗君が元気に過ごせるよう、最善を尽くしますので、一緒に頑張りましょう」
石田君はゆっくりと目を開け、頷いた。そして、酸素マスク越しに微笑みながら言った。
「先生、一緒に頑張るよ」
その言葉に、颯太の胸は暖かくなった。彼は石田君の手をしっかりと握り返し、力強く応えた。
「ありがとう。一緒に頑張ろう」
石田君の両親もそのやり取りを見て、少し安心した様子で微笑んだ。
「また看護師さんが準備をしてくれるからね。先生も準備してくるよ。あとで会おうね」
颯太は石田君の頭をなでた。病室で準備をしていた由芽と目線を合わせ頷き、病室をあとにした。
石田君の手術は午後からで、午前中は外来診察がある。医局に戻り、外来診察の準備を整えていると、鷹野先生が近くにやってきた。
鷹野先生からはあからさまに避けられているので、こうして傍にくるのは珍しい。
「神崎。いよいよ石田君の手術だな」
「はい。午後一番で入っています」
「お前に助けられるといいなぁ。石田君はまだ7歳だ。あの子の人生はお前にかかってるぞ」
鷹野先生は、バカにしたように鼻をならし、去っていった。
そうだ…石田君の人生は自分にかかっているんだ。そう思うと重いプレッシャーが肩にのしかかる。また、逃げ出したい気持ちが湧き上がってくるが、ついさっき握った石田君の手のぬくもりを思い出す。
「約束したもんな」
ぽつりと囁き、石田君の手を握った温もりを思い出しながら、気持ちを切り替え外来へとむかった。