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第9話

カンファレンスルームでは、すでに木村先生、鷹野先生、藤井先生が待っていた。木村先生はいつものニコニコ顔ではないが、少し不安げに微笑んでいる。鷹野先生は、眉をよせて不機嫌そうに颯太を睨んでいるし、藤井先生は、無表情のままこちらを見ていた。


「お疲れ様です」


颯太は軽く挨拶をし、パソコン画面を三人に見えるように表示した。


「今日は、石田悠斗君の心室中隔欠損術後の不整脈と検査結果、ペースメーカーの手術についてのカンファレンスを行います。まず、現状についてご説明します」


颯太は心電図やエコーの画像をモニターに映し出し、詳細な説明を始めた。


「石田悠斗君は手術後も不整脈が続いており、心房細動などのリスクが高まっています。このまま放置すると、血栓形成や脳梗塞などの合併症が懸念されます。ここに、最新の検査結果があります」


颯太は資料を一枚一枚説明しながら、心電図の異常な波形や血液検査の結果を示した。


「不整脈と、軽度の心房細動が見られ、血液検査では抗凝固薬の効果が見られませんでした。エコーでは、心臓の動きが不安定であることが確認されました。このため、ペースメーカーの導入が最善の選択だと考えています」


木村先生は真剣に資料を見ながら頷いた。


「なるほど、確かに心房細動のリスクは高いようだね。ペースメーカーの導入は妥当な判断だと思う」


藤井先生も同意するように頷いた。


「はい。僕もそう思います」


鷹野先生はしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「確かに、石田君の状況を考えると、ペースメーカーの導入は最善かつ緊急のものだろう。しかし、神崎君にこの手術を任せていいのか?責任感もなく、のらりくらりとしている新人の彼に」


木村先生は鷹野先生を見つめ、毅然とした声で答えた。


「鷹野先生、確かに神崎君にはまだ経験が足りないかもしれません。しかし、彼は石田君とご家族との信頼関係を築いていますし、今回も迅速に検査と対処を決断していますよ。もちろん僕もサポートします」


鷹野先生は不満げな表情を見せながらも、一旦引き下がった。


「分かった。しかし、問題が起きた場合はすぐに報告するように。これは患者の命がかかっているんだからな」


「…はい。わかりました」


颯太は頷きながら答え、再び資料に目を戻した。


「ペースメーカーの手術の準備を進めます。手術の詳細についてご説明します」


颯太はペースメーカーの導入手順やリスク、術後のケアについて詳細に説明した。鷹野先生も真剣に耳を傾け、時折質問を投げかけた。


「ペースメーカーの導入には、心拍数のモニタリングと調整が必要です。入院期間は予定よりも長めに取り、リハビリをじっくりと行いたいです」


木村先生は再び頷く。


「うん。それがいいね。寝たきりの期間が長くなってきているから、学校生活に復帰するまでの体力をつけたほうがいいだろう」


藤井先生も同意の意を示し、鷹野先生も渋々ながら頷いた。


「では、手術の準備を進めましょう。神崎君、君が主導してこの手術を行う。私たちが全力でサポートするから、安心して取り組んでくれ」


「ありがとうございます、木村先生。オペ室のあき次第で早急に予約します」


カンファレンスの様子を少し遠くから眺めていた真田先生は、颯太の説明を聞きながら満足そうに微笑んだ。


颯太が石田君のペースメーカーについてのカンファレンスを無事に終えた日の夜。

鷹野京一は一人、電気の消えた医局である資料を見つめていた。


「まさか…あいつ…」


鷹野先生の手には、神崎颯太の履歴書が握られていた。薄暗い光の中で、父親の欄に書かれた名前から目が離せない。


「…神崎航太郎」


その名前を見た瞬間、鷹野は冷や汗が背中を流れるのを感じた。


「神崎…航太郎…まさか、あの神崎航太郎の息子…」


鷹野は履歴書を握りしめ、椅子に沈み込んだ。頭を抱え、思い出したくない過去の記憶が鮮明に蘇ってきて、恐怖に近い感覚が胸を締め付けた。


それは、20年以上前のことだ。 鷹野京一はまだ若手医師として、就職して間もなかった。同期の木村と数人の医師とともに働いていた。その中の一人に先輩の神崎航太郎がいた。


神崎航太郎は非常に優れた外科医であり、冷静な判断力と高い技術を持っていた。そして、彼の柔らかい口調と丁寧な姿勢は患者だけでなく、同僚や後輩たちにとって、憧れであり頼れる存在だった。

今の旭光総合病院の前身である旭光循環器病院には、「神崎航太郎」と「黒沢俊夫」という二大天才心臓外科医がいた。彼らを頼って多くの患者が全国から訪ねてくるほどだったのだ。二人の存在は、病院の名声を高めるだけでなく、多くの若手医師たちにとっても大きな指針となっていた。


研修期間を終えた鷹野は、黒沢のチームに配属された。黒沢俊夫は、その卓越した技術と厳格な指導で知られており、鷹野にとっては尊敬すべき師であった。しかし、日常的にオペに入る際には、チームの垣根を越えて協力することが多く、鷹野は何度も神崎航太郎の手術の腕を目の当たりにしていた。黒沢と同じくらいの技術を持つ神崎航太郎の手術。


神崎航太郎の手術は、まるで芸術のようだった。彼の手際の良さ、確実な判断、そして冷静さは、鷹野にとって一つの目標であり、夢でもあった。しかし、黒沢のチームの一員であった鷹野は、声を高らかに神崎を称賛することはできなかった。


なぜなら、師である黒沢は神崎航太郎を嫌っていた。二人の間には、長年の対立があったのだ。黒沢は神崎の手法や姿勢を批判し、神崎は黒沢の厳格さとその裏にある冷徹さを嫌っていたように感じる。

鷹野はその間に挟まれ、どう対応すべきか迷いながらも、次第に黒沢の影響を強く受けるようになった。


一方で、同期の木村は神崎チームに配属され、神崎航太郎の影響を強く受けるようになった。

対立はしていたが、おおっぴらに言い合うことはなかった黒沢と神崎だったが、ある日、黒沢と神崎の対立が明確に現れる場面があった。鷹野は、手術室の外で二人が激しく言い争っているのを目撃した。


「神崎、お前のやり方は患者を危険にさらしている!その独自の手法は認められない!」


「黒沢先生、私の手法は患者の負担を減らし、回復を早めるためのものです。あなたのやり方が古いのです!」


二人の言い争いは激化し、周囲の医師や看護師たちも動揺していた。鷹野はその場に立ち尽くし、どうすることもできなかった。

神崎航太郎は真面目で堅実な素晴らしい医者だった。彼の手術の成功率は高く、患者からの信頼も厚かった。その真摯な姿勢と冷静な判断力は、多くの医師たちにとっての手本となっていたことは事実だ。


しかし、黒沢は従来の手法を崩さなかった。それが対立の原因となっていたようだ。

そんな言い合いが数回続いていた中、あの事件が起きた。

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