そのころ、医局では、鷹野先生が木村先生をミーティング室へ呼び、話をしていた。
「石田悠斗君の不整脈、どうなんだ」
鷹野先生は冷たい視線を木村先生に向け、厳しい口調で問い詰めた。
「ああ、…情報が早いね。今はおさまっているよ。今のところ深刻に心配することはないと思う。術後の不整脈はよくあることだし、このまま落ち着いて経過する例も多い」
木村先生は落ち着いた声で答え、続けて説明した。
「しかし、不整脈は見過ごせないサインだ。神崎のような未熟な医者に石田君の治療を任せるのはリスクが高すぎる。手術はうまくいったかもしれないが、経過と緊急時の対処にはまだ不安が残るだろう。特に神崎のような知識も技術も足りない奴に…」
鷹野先生は厳しい口調を緩めず、颯太を軽んじるような態度を続けた。
「…神崎君は確かにまだ経験が浅いかもしれないが、彼の成長を見守り、サポートするのも我々の役目だ。我々もそうやって指導されてきただろう?彼は真剣に取り組んでいて、手術も成功させた。不整脈の対処についても適切に対応している」
木村先生は毅然とした態度で颯太をかばった。鷹野先生と木村先生は同期であり、お互いの成長過程をよく知っている。
「しかし、患者の安全が最優先だ。神崎が緊急時に冷静に対処できるかどうかは疑わしい。これ以上、石田君の治療に関わらせるのは危険だ!」
鷹野先生は苛立ちを隠さず、声を荒げた。
「鷹野、落ち着いてくれ。君の気持ちもわかる。しかし、術後の不整脈は決して珍しいことではない。神崎君が適切に対処し、対応していることは評価すべきだ。僕もサポートしている。彼を信じて任せよう」
木村先生が鷹野先生を「鷹野」と呼ぶときは、同僚としてではなく友人として話すときだ。木村先生は強い視線で鷹野先生を見つめた。
「…それでも、彼にはまだ多くの経験が必要だ。経過観察はもっと経験のある医者に任せるべきだ」
鷹野先生は譲らず、自分の意見を強調した。
「分かった。じゃあ、石田君の治療に関しては僕も引き続き監視するよ。緊急時には助言して対処しよう。しかし、神崎君を完全に外すことはできない。彼も医師として成長するために、この経験が必要だからね」
木村先生は鷹野先生をじっと見上げた。普段は柔らかい物腰の木村先生だが、頑固で言い出したら聞かないことを鷹野先生はよく知っている。鷹野先生は不満げな表情を見せながらも、一旦引き下がることにした。
「いいだろう。だが、問題が起きた場合はすぐに報告しろ。これは患者の命がかかっているんだからな」
そう言い残して、鷹野先生はミーティング室を後にした。木村先生は深い溜息をつき、鷹野の背中を見つめていた。
颯太は、石田君の病室に顔を出し、心電図を確認し記録をして…。結局帰宅したのは18時をすぎた時間だった。
「颯太、いいのかぁ?今夜は由芽ちゃんを招待してんだろう?」
「…えっ!あっ!うわっ、こんな時間…僕、帰ります!」
「くくくっ、ああ、ランニングして帰るんだろうな?」
颯太がロッカーで慌てて更衣しているのを見て、腹を抱えて笑いながら、真田先生は颯太のまわりをぷかぷか浮いている。
「はい。もちろんです!帰り道にスーパーがあるので寄って帰ります。お疲れ様でした!」
颯太が誰もいないロッカーで、颯太にしか見えない幽霊の真田先生に深々と頭を下げたところで、藤井先生が入ってきた。
「…?」
藤井先生は相変らずの無表情だったが、今は眉間に皺が寄っている。
それはそうだろう。何もない、誰もいない空間に話しかけて大きな声で挨拶をしているのだから…。
「あっ、ま、間違えました!お疲れ様でした!」
颯太は慌てて取り繕うように藤井先生に深々と頭を下げ、更衣室を出た。ごまかされただろうか?変に言い訳をするのもおかしい気がして、颯太は一目散に病院を出ようとした。そして病院を一歩出たとき、真田先生が後から颯太の腕をつかもうとした…
「颯太!おすすめの食材は…」
えっ?と颯太が振り返ったのは病院を2歩出たときだった。
「あれ?真田先生…病院から出て…」
「ん?!」
真田先生は病院から出られないと言っていたが、今は病院から2歩出ている。
「おお!俺、病院から出られたのか!」
と、真田先生が颯太の腕を離した途端、真田先生は病院へ引き戻されてしまった。
「あれ…?もしかして、颯太に触れてないと出られないのか?」
「もう一度してみましょう」
その後試行錯誤した結果、颯太に触れていないと病院に引き戻されて今う事。颯太以外の人物ではダメなこと。颯太のバッグなど、持ち物につかまるのはダメなことがわかった。
「真田先生が行きたいところ…僕が休みの日に一緒に行きましょう」
「ああ。頼むよ。それで、さっき言おうとしたのはな。鶏肉とか長ネギ、ピーマンとかトマトがおススメだぞ」
「わかりました!」
颯太は真田先生のあげた食材をメモし、改めて挨拶をしてスーパーへ急いだ。