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第3話

「颯太、就職のお祝いに今度食事でも行かない?」


「今夜食べに来る?俺が料理するんだ」


「えっ?!い、いいの?」


「いいよ。母さんも喜ぶよ。7時頃に家に来て」


「あ、ああ…うん!わかった!じゃあ、あとでね!」


由芽が小さく手を振り、ナースステーションの奥に帰っていくのを見送りながら、颯太はナースステーションで石田君の看護記録を再確認し、丁寧に記入を終えると、医局へ戻った。

医局に入ると、木村先生がデスクで何かを調べていた。颯太が入ってきたことに気づき、顔を上げて微笑んだ。


「おはよう、神崎君。昨日の手術、本当によく頑張ったね。石田君も順調に回復しているようで安心したよ」


「ありがとうございます、木村先生。今も少し話してきました」


その時、鷹野先生が部屋の隅から冷たい目でこちらを見ていた。


「ふん、昨日の手術はたまたまうまくいっただけだろう。次がうまくいくかどうかなんてわからないものだ。そもそも、あの程度の難易度の手術を成功させたところで喜ぶところではない」


鷹野先生の嫌味な言葉に、颯太は一瞬言葉を詰まらせたが、横の木村先生がすぐに口を開いた。


「それでも、よくやったよ、鷹野先生。若手が成長するためには、成功体験も必要だからね。それに、手術の難易度に関係なく、目の前の患者さんを助けることが僕たちの使命なんだから」


鷹野先生は不機嫌そうに鼻を鳴らし、無視するように部屋を出て行った。木村先生は軽くため息をつき、颯太に向き直った。


「ミーティング室で石田君の今後について話そうか」


二人はミーティング室へ移動し、テーブルに座った。木村先生は石田君のカルテを広げながら、颯太に目を向けた。


「石田君の手術は予定通り終わりましたが、今後のケアも重要だよね。術後の経過観察とリハビリプランについて、君の意見を聞かせてくれるかな?」


颯太は一呼吸おいて、石田君の今後の計画を考えながら話し始めた。


「はい。まず、術後の経過観察ですが、特に初めの一週間は慎重に経過を見守りたいと思います。遺残短絡や不整脈も注意して見なければいけませんから…。痛みの管理についても、定期的に痛み止めを投与し、コントロールしていこうと思っています」


木村先生は頷きながらメモを取った。


「リハビリについては、明日から徐々に始める予定です。理学療法士の先生とも話をしてみます。まずは軽いストレッチや歩行練習から始めて、悠斗君の体力と心機能を回復させていく方向で進めたいと思います。手術前、寝たきりの期間もあったので、慎重に進めていこうと思っています」


木村先生は満足そうに微笑み、颯太の計画に感心していた。


「うん、いい考えだね。君の考えている計画ですすめていこう。石田君と家族にも安心してもらえるように、しっかりと説明してね」


「わかりました。ありがとうございます、木村先生」


木村先生は頷き、さらにいくつかの細かいアドバイスを伝えた後、ミーティングを終えた。今日の勤務は外来と、緊急手術、病棟担当の日だ。外来開始まであと30分ほどある。早めに外来に降りて診察を始めようか……


「おはよう」


その時、耳元で突然声がして、颯太は椅子から転げるように立ち上がった。


「うわぁぁぁ!!」


「あはははは」


声の主は、もちろん、天才心臓外科医であり、先日飛行機事故でこの世を去った真田龍之介先生だった。


「くくくっ…まったく、毎回驚きすぎだろ」


真田先生はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、颯太を見つめていた。颯太は心臓がまだドキドキしているのを感じながら、真田先生を見上げた。今日は真田先生が現れないなと思っていたが、石田君の様子を確認したり、木村先生とのミーティングですっかり油断していたのだ。


「真田先生が突然現れるからびっくりするんですよ…」


「それが幽霊の特権だからなぁ」


真田先生はウインクしながら堂々と言い放った。颯太は困ったように笑い、やれやれと少し肩の力を抜いた。


「それにしても、昨日の手術はお疲れ様」


真田先生は真剣な表情に変わり、颯太を優しく見つめて微笑んだ。颯太はその言葉に少し照れながらも、嬉しさが込み上げてきた。


「はい…ありがとうございます。手術が無事に成功して、本当にほっとしました。でも、真田先生や木村先生がいてくれたからこそですから…。僕は知識も技術も足りないし…」


颯太の反省を真田先生はじっと聞きながら、頷いていた。


「それはそうだろう。縫合も丁寧だがスピードが遅い。あとやはり圧倒的に経験不足。これから鍛えていくから覚悟しろよ。そういえば、ちゃんと今朝はランニングしてきたんだな?」


真田先生が先ほどまで木村先生が座っていたところに座り、足を組んだ。


「はい…。まだ…今日は3キロほどですけど…」


真田先生は満足そうに頷きながら、少し厳しい口調で続けた。


「その調子だ。体力をつけることは、手術中の集中力を維持するためにも必要だ。1日で為すことはできないからな。コツコツ積み上げていこう」


「はい。僕にできるのはそれくらいしかないので…頑張ります」


颯太は真剣な表情で答えた。真田先生は彼の決意を認めるように頷き、微笑みを浮かべた。


「いい心構えだ、颯太。今日も一日頑張ろう」


「ありがとうございます、真田先生」


「夜はお楽しみもあるみたいだしなぁ?」


「っ!!ごほっごほっ!ごほっ!ごほっ!」


「あはははは!青春だねぇ」


真田先生は背中を向けながら手を挙げ、ふわっとドアを通り抜けていった。颯太は顔を真っ赤にしながら、軽く頭を下げて、外来の準備に向かった。由芽との会話を聞かれていたらしい。これだから幽霊は…と心で溜息をつきながら廊下を歩く。


(体力をつけること、自主トレを継続すること…)


颯太は真田先生の言葉を反芻しながら頷いた。自分にできること。コツコツ積み上げる。

颯太が外来に向かうと、待合室にはすでに多くの患者が待っており、忙しい一日が始まろうとしていた。


(よし、今日も丁寧に診察をしよう。患者さんの声を逃さないようにしなければ…)


颯太は心の中でそう誓い、診察室に入った。

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