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第10話

午後14時。


颯太は術着に着替え、入念な手洗いを済ませた。手術室の扉を開けると、冷たい空気が彼を包み込んだ。颯太はその冷たさを感じながらも、心を落ち着けるために深呼吸を一つしてから手袋を装着し、手術室に入った。

中に入ると、すでに木村先生が先に入室しており、準備を整えていた。木村先生は颯太と目線を合わせ、深く頷いた。


「神崎君、今日は君がメインだ。頼んだよ」


木村先生の声が静かに響く中、颯太はその言葉に応えるように再び頷いた。そして、彼が立つ位置には、真田先生が見守るように立っていた。


「天才心臓外科医の俺がついてるんだ。自信持てよ」


真田先生の言葉には、どこか温かさと力強さが感じられた。颯太はその言葉に勇気づけられ、力強く頷いた。

手術台の中央には、石田君が静かに横たわっていた。彼の小さな体が手術台に収まり、周りには医療スタッフが忙しそうに動いている。機械音がリズミカルに響き、空調の低いうなりが耳に届く。手術室の斜め上にはカメラが設置されており、この手術の様子は心臓外科の医局に中継され、リアルタイムで確認されている。


「石田悠斗君、麻酔確認完了、バイタル安定しています」


麻酔科医の水谷先生が落ち着いた声で報告した。水谷先生もまたベテランの医師で、心臓外科だけでなく、他の科の医者からも絶大な信頼を得ているらしい。颯太は水谷先生の報告に頷く。

颯太は真田先生が立っていたその場所に移動し、石田君の顔を覗き込んだ。小さな体に数々の機械が取り付けられ、命の維持が図られている。その姿を見つめながら、颯太は心の中で強く誓った。


『絶対成功させるからね』


颯太は心の中で石田君に語りかけ、深く、ゆっくりと深呼吸をした。その深呼吸には、これから始まる手術に対する覚悟と、石田君を救うという強い決意が込められている。


「石田悠斗君、7歳。心房中隔欠損の閉鎖術を行います。よろしくお願いします!」


颯太は力強く宣言し、手術に取り掛かる。

颯太は手元に集中しながら、石田君の胸をゆっくりと開いていった。メスを慎重に動かし、血管や筋肉を傷つけないように細心の注意を払う。手術室の空気は張り詰め、周りの医療スタッフも真剣な表情で見守っている。心臓が見え始めると、颯太の呼吸が少し早くなるのを感じた。


「心臓を一時的に停止させるため、人工心肺に繋げます」


颯太は静かに宣言し、手術チームがスムーズに動き始めた。人工心肺を導入する手順はすでに何度もシミュレーションしており、手際よく進められた。心臓の機能が人工心肺に移行され、石田君の心臓が静かに鼓動を止める。


「人工心肺、正常に作動しています」


すぐさま報告があがり、颯太は深呼吸を一つし、心臓を開く作業に取り掛かった。心臓を開いていくと、中にある異常が徐々に露わになってくる。


「思ったよりも穴が大きいな」


颯太の耳元で真田先生が囁く。その声には経験の重みが感じられる。


「穴が、大きい」


颯太もつられて呟いた。心房中隔欠損症の穴は予想よりも大きく、直接縫って閉じるのは難しそうだ。


「直接は縫えないな。人工心膜」


再び真田先生の声が響く。颯太はその言葉に従い、最適な手術方法を模索する。色々なパターンを予測して準備している。大丈夫だ。


「直接縫うことはできないため、人工心膜を使います」


颯太は声に出して言いながら、事前に用意していた人工心膜を思い浮かべた。事前の検査で、穴の大きさや位置から人工心膜の使用が必要になる可能性があると判断し、準備をしていた。看護師がすばやく人工心膜を持ってきて、それを手渡してくれる。


「人工心膜を充てて縫合します」


颯太は慎重に人工心膜を患部に充てがい、一針一針、正確に縫い始めた。手元に集中し、ミスのないように丁寧に進める。人工心膜を使った手術は難易度が高いが、ここでの失敗は許されない。


「そうだ。慌てるな。慎重に。その血管は気をつけろ大量出血するぞ」


真田先生の冷静な指導が背後から聞こえてくる中、颯太は慎重に縫い進めた。手術室の空気は緊張に包まれる。医療スタッフ全員が颯太の動作を見て息をのむ中、颯太は一針一針、確実に心房中隔欠損の穴を埋めていく。


どれくらいの時間が経っただろうか。永遠とも思える時間の中、颯太は最後の縫合を終えた。人工心肺を離脱するための準備が整い、血液の流れや漏れを確認する重要な段階に入る。


「縫い付けもいい感じだよ。きっと大丈夫だ」


向かいにいる木村先生が目じりを下げ、優しく言った。その言葉に颯太はほっとしながらも、集中を切らさずに次の手順に移った。

水谷先生と協力し、人工心肺を外し、血液の流れや漏れを注意深く観察する。順調に進んでいることを確認し、手術が無事に終わる兆しが見えてきた。


「よし。確認完了。ガーゼ、器具の確認をお願いします。出血量の報告もお願いします」


それぞれの報告が終わり、石田君の胸を閉じる作業に取り掛かった。手術が終わるまで、真田先生は無言でじっと見守っていた。そして、手術が無事に終わったことを確認すると、満足そうに微笑んだ。

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