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10.星宇の罠

 飛び出した星宇シンユーを追おうかとも思ったが、父親に止められた。父親は罵り菓子を食べ始めたが、母親はまだ手を伸ばしていない。

「ねえ、林杏リンシン。お父さんの『死ぬとはどういうことか』って質問に対して、あなたは『わかってる』じゃなくって『知ってる』って言ったわね。どうして?」

 林杏はどきりとした。

(しまった、なんにも考えないで答えちゃった)

前世のことを話すべきか。話したとき、両親はどのような気持ちになるのだろうか。合点がいくのか、つらいと感じるのか、予想ができない。

 返答に迷っていると、母親は続けて尋ねてきた。

「どうして答えられないの? 答えられない理由があるの? それとも大した理由がないの?」

 このまま仲違いに近い状態で死んでしまった場合、きっと後悔する。林杏は意を決して話すことにした。

 前世のこと、すでに劫で1度命を落としていること、すべてを話した。しかし母親の顔に驚きは浮かんでいない。

「そう。……そんな気はね、していたの。あなたはきっと普通の子じゃないっていうのは、周りの子どもを見ていて思ったわ」

 母親なりに戸惑いがあったかもしれない。それでも自身の子どもとして育ててくれた。なんと懐が深いのだろうか。そんな風に思っていると、全身がぬくもりに包まれる。母親が抱きしめてきたのだと、ようやく気がついた。

「前世の記憶があろうと、特別な力が身についていようと、あなたはお母さんたちの子どもよ。だから、だから……必ず生きて帰ってきて」

「……うん。帰ってくる」

 林杏は母親を抱きしめ返し、そう返事をした。


 次の日の昼、林杏が帰ろうとすると、星宇がやってきた。

「林杏、話があるんだ。おじさん、おばさん、話してきていいですか?」

「ああ、もちろんだとも。林杏、行っておいで」

 林杏は父親の言葉に頷き、星宇のあとを着いていった。

 星宇は黙って山のほうへ進む。

「お前と出会ったの、この山だったよな」

 星宇が口を開いた。林杏は頷き、あることを思い出した。ユンからもらった絵を、まだ星宇に見せていない。

「友達の友達の人が鳥の絵を描いててね、それで兆尺鳥ちょうじゃくちょうの絵をくれたんだ。星宇に見せたいって思って、持ってきた」

「へえ。……実はお前が修行に行ってから、小屋を作ったんだ。いつでも鳥を見られるように。そこで見せてくれよ」

「うん、いいよ。その人、すごく鳥が好きで特徴も覚えてるみたいで、筆に迷いがないんだよ。部屋中に絵があってね足の踏み場もなかったけど、どれもいい絵だった」

「そうか。それは、楽しみだな」

 林杏は拍子抜けしていた。いつもの星宇なら目を輝かせて、その場で絵を見たがっただろう。しかし実際は、こちらを振り返りもしない。林杏が道院で修行しているあいだに、好みが変わったのだろうか。しかし星宇は林杏の思いも知らずに、歩を進める。

 木々のすき間から村が見下ろせるくらいの場所まで来ると、小屋が見えてきた。村の家々に比べると、木材の色が明るいので新しいことがよくわかる。

「それにしてもよく小屋なんて建てれたね」

「ああ。村長さんに相談したら、設計図描いてくれたんだ」

「本当になんでもできるな、あの人」

 林杏が感心していると、小屋の前に着く。星宇が扉を開け、中に入るように促した。林杏は言われたとおりに入ろうとしたが、ある違和感に気がつく。小屋の中が暗い。

「ねえ、星宇。なんで窓が全部塞がれてるの?」

 振り返りながら尋ねた直後、強く肩を押された。後ろへ倒れて、しりもちをついてしまう。痛がっていると、扉が閉められ鍵のかかる音がした。

「ちょっと、星宇っ。なにすんのっ」

 林杏は力任せに扉を開けようとしたが、びくともしない。

「星宇、開けて。あーけーろーっ」

 扉を何度も強く叩くが、返事がない。体当たりをしてみるが、扉はびくともしない。ずいぶん厚い木材を使っているようだ。

(嘘でしょ、閉じ込められたっ? なんで?)

 どこか出られそうな場所はないだろうか。林杏は部屋を見回す。窓は右側と正面にある。右側の窓にはすき間があるが、両方の手のひらを重ねたくらいの厚みだけ。

(すき間に手を突っ込んで、板外せないかな)

 林杏は右側の窓のすき間に手を入れ、窓をふさいでいる板を押したり引いたりした。だが、まったく動かない。釘を打っているであろう位置を指でなでると、左右にそれぞれ5本も釘の頭の感触がある。

(まさか、昨日あれから戻ってこなかったのは、窓を塞いでたから? ってことは計画的犯行かっ)

 わざわざ林杏を小屋に閉じ込めて、なにをしたいというのだろうか。まったく想像がつかない。

(このまま、ずっと閉じ込められていたとしたら、ごうに間に合わなくなる。何としてでも出なくちゃ)

 林杏はわずかな光を頼りに、出口になりそうなところがないか探したが、見つからなかった。ふさがっている窓に体当たりしても、壊れる気配はない。

 声を上げてみるか。いや、この位置からでは村に届かない。さらにこんな山の中には人も来ないので助けてもらえる可能性は低い。

(叫んだり動き回ったりして、体力を消耗するのもよくない。まずはこれ以上おなかが減らないように、呼吸法を変えよう)

 幸いにも昼食は食べているが、空腹を耐えるのは精神衛生上よくないので、できれば避けたい。

(あとはなにか使えそうな道具がないか、明るいうちに探してみるか)

 部屋の中を手の感覚だけで探すが、なにも置いていないようだ。あとはなにができるだろうか。林杏は部屋の中央に座って考える。

(うーん、これを遭難と捉えるなら、その場に留まってなにかしらの音を出しながら救助を待つのがいいんだろうけど、違うしなあ。でも動き回って体力を減らすのも、得策じゃないし。どうしたものか)

 考えるも、いい案は浮かばない。結局林杏は部屋の中をうろつきながら、解決策を探した。


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