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3.飴屋

 歩いていると時折「おお、晧月コウゲツさんっ」「あ、晧月じゃねえか」と声をかけられている。そのたびに晧月は世間話をしてから立ち去った。

(晧月さん、やっぱりだいぶ顔広いな)

 そんな風に思っているなか、ふと手のぬくもりに意識がいく。自分よりずっと大きく、骨ばっている手。自分とは別のぬくもり。なぜか安心感がある。それはぬくもりのためか、それとも手を繋いでいる相手が浩然ハオランだからか。

(浩然さんも私の温度で安心してたりするのかな? そういえば晧月さんの手でも安心するのか?)

 しかし今の晧月は、歩けば誰かに声をかけられている。試すのは宿に着いてからでもいいかもしれない。

 しばらく歩き続けていると、【飴屋】と書かれた看板の店に着いた。店の前の屋台にはサンザシ飴が並んでいる。

林杏リンシン、前に話したおっさんの店だぜ」

「ここがですか。どんな人か楽しみです」

「おーい、おやっさーん。いるかー?」

 晧月が声をかけながら店内に入ると、奥から無精ひげを生やした50代くらいの男性が現れた。

「おーっ、晧月じゃねえか。久しぶりだな、元気にしてたか?」

「まあ、なんとか。ちょっと今日はあいさつにな」

「あいさつだあ? なんだ、引っ越すのか?」

「うーん、おやっさんには、ちゃんと話すけどよ」

 晧月は劫のことを伏せながら、命を落とす可能性があることを話した。すると飴屋の店主は目を丸くしている。

「死ぬかもだなんて、お前よお……。そんなこと言うもんじゃねえ。おれよりずっと若いじゃねえか。よし、おれが代わりに行ってやらあ」

「いやいやいや、俺じゃねえといけないんだ。それにおやっさんが死んじまったら、おかみさんや、ここの飴で食いつないでるガキたちはどうするんだよ」

 なるほど、話に聞いていた以上に人がいいようだ。飴屋の店主は「でもよお」と不服そうである。

「大丈夫だって。また必ず来るからよ。それで、おやっさん。俺の友達も連れてきたんだ。こっちが林杏で、こっちはえっと、浩然」

「おい、すっと言え、すっと」

「いやあ、お前の名前呼ぶなんて、ほぼ初めてでよお。むずがゆいぜ」

 たしかに晧月と浩然が名前で呼び合うことは、ほとんどない。

「ははあ、晧月にも友達かあ。こいつはめでたいっ。お二人さん、飴は好きかい?」

「はい。好きです」

「嫌いではありません」

 林杏と浩然の返事を聞いた店主は外の屋台から、サンザシ飴を2本持ってきた。

「ほれ、よかったら食べてくれ」

「わあ、ありがとうございますっ」

「ありがとうございます」

 林杏と浩然は繋いでいた手を自然とほどき、サンザシ飴を食べ始めた。

「んー、おいしいっ」

 表面を覆っている飴の甘さに、口角が自然と上がる。

「それはよかった。それにしてもお嬢ちゃん、うまそうに食べるなあ」

「だろ? だからついつい、分けたくなっちまうんだよな」

 晧月と店主はそう言うが、林杏からすれば普通に食べているだけである。

「浩然さん、私の食べ方ってどう思います? やっぱり晧月さんと同じ意見ですか?」

 林杏は浩然を見る。すると浩然は少し視線をあちこちに動かしたあと、言った。

「まずそうにするより、よほどいいだろ。オレはそのほうが、その……いいと思う」

「おい、犬野郎お、今のは男を見せるところだっただろお?」

「おいおい、恋人同士なのに、なに照れてんだ」

「いや、おやっさん実はな……」

 晧月は店主に耳打ちをした。すると店主の表情が変わる。

「なるほど、それなら晧月の言うとおりだ。兄ちゃん、男見せなっ」

 林杏は2人がなにを言っているかはわかるが、なぜ浩然が男を見せろと言われているのかは、わからなかった。

(というか、今の流れでどう男を見せろというんだろう)

 浩然が気の毒である。

 晧月はなにかを思い出したように短く声を上げると、店主に尋ねた。

「このあとユンのところに行こうと思ってんだが、持って行くもんねえか?」

「ああ、あるある。あいつ、また熱中してるのか、飴をとりに来てなくてなあ。持っていってやってくれ。それにおまえが顔を見せなくて、寂しがってるみたいだから、ちょっと話もしてやんな。用意だけするから、待ってくれ」

「おう。あ、俺も飴もらっていいか?」

「ああ、食ってけ食ってけ」

 晧月に真っ赤なサンザシ飴を1本渡すと、手際よく何本ものサンザシ飴をまとめはじめた。

「やっぱりおやっさんの飴は、フェイ州イチだぜ」

「ははは、そう言ってもらえると嬉しいもんだなあ」

 晧月は楽しそうに店主と話している。やはり友人が楽しそうだと、こちらも嬉しいものだ。

「よし、じゃあ悪いが芸に渡してやってくれ。それから熱中するのもほどほどにしとけって言ってやれな。おれの言葉なんざ聞きゃあしねえ」

 店主からサンザシ飴の束を預かりながら、晧月は「おう」と返事をして、こちらを向く。

「じゃあ、次のとこ行こうぜ。林杏、次は鳥ばっか描いてるやつのとこ行くぜ」

「はい、わかりました」

 林杏たちは店主に別れを告げ、次の場所に向かった。

(まさか本当に見られる日が来るなんて思ってなかった。墨で描いてるって言ってたし、楽しみ)

 ふと故郷にいる鳥好きの友人、星宇シンユーのことを思い出す。初めて会ったとき、彼は地面に鳥の絵を描いていた。

(もしも2人が出会ったら話が合ったりするものなのかな?)

 友人に新しい友ができるかもしれない、という想像をするだけで楽しかった。


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