道中これといった問題もなく、無事に
「守衛とのやりとりが面倒だから、もう直接入るぞ」
「まあ、あそこは列が長いからな」
大都市に入るためには、そんなに長い列に並ばないといけないのか。柵すらない故郷とはずいぶん違う。
「住人にはまた別の入口があるんだが、証明書代わりの木札がいるんだよ。でも俺はもう返上しちまってな」
「住人の出入りにも厳しいんですね」
「帝のおわす場所だからな。不穏分子を入れないに越したことはない。まあ、宮殿に出入りできる存在は限られているが、不届き者がなにをするかわからんからな。不安材料はできるだけなくしたい、といったところだろう」
その宮殿に出入りできる者が、すぐそばにいるということを知ったとき、浩然はどのような反応をするのだろうか。林杏でさえ、驚きその場にひれ伏したのだ。浩然なら額が地面をえぐるくらい伏せてしまうだろう。
林杏たちは
「裏路地すぎると、あんまり治安がよくないからな。ここから奥には行かないほうがいいぜ、よし、表の通りに出よう」
晧月を先頭に20歩も進むと、道幅いっぱいの人の波が現れた。人々はぶつかることなく進み、談笑までしている。屋台があるのか、食べ物の香りがする。林杏は見たことがない人の数に、口がぽかんと開けたままになってしまった。
「林杏、すげえ顔」
「えっと、晧月さん。今日はお祭りかなにかなんですよね? これだけ人がいるってことは」
「残念、平日なんだよなあ。いっつもこんな感じだぜ」
たしかにこんな状況では、はぐれてしまった場合なかなか合流できないだろう。
「浩然さん、もしくは晧月さん、服を掴ませてください。こんなところで迷子になりたくありませんっ」
晧月は「あっはっはっは」と笑ったが、見知らぬ土地で迷子など林杏からすれば一大事だ。
「犬野郎、掴ませてやれよ。……いや、いっそ手繋いじまうのもありだな。恋人同士だと思われたほうが、変なやつは寄りつかねえだろうし」
晧月がなぜかニヤリと笑う。なるほど、そんな方法もあるのか。しかし片手が塞がっているとなると、浩然も行動しづらいだろう。
「晧月さん、やっぱり両手は空いていたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「いやいや、服を掴んでるだけだと、なにかの拍子に手を離すかもしれねえだろ? 手を繋いでるほうが安全じゃねえか」
そういえば子どもの頃、両親に手を握られていたことがあったが、安心感があったのを覚えている。
「おい、虎野郎。お前、楽しんでるな?」
「えー? なんのことですかー?」
浩然は晧月を睨んでいる。晧月は久しぶりの故郷が楽しいのかもしれない。
「浩然さん、手をお借りしてもいいでしょうか? 迷子は、迷子はいやですっ。怖いですっ。こんなにも人の多いところで、はぐれたくありませんっ」
あまりにも切羽詰まっているように見えたのだろうか。浩然は大きく溜息を吐き、尻尾を大きく左右に振りながら、左手を差し出した。
「わかった。……ほら」
林杏は自身の右手をのせる。浩然の予想より大きな手に包まれる。
「浩然さん、手大きいんですねっ」
「それほどではない。普通くらいだ」
「そうですか? それに温かいですねえ。山に籠る修行のときにいてくださったら、とても心強かったと思います」
林杏が素直に感想を述べていると、浩然は空を仰ぎ、空いている手を両目の上にのせて溜息をついている。すると晧月が声をかけてきた。
「林杏、恋人のフリが必要なときは犬野郎以外に頼むなよ? 犬野郎が1番頼りになるからな」
「わかりました。そうします」
林杏は頷いた。
「さて、じゃあ悪いが、俺のあいさつ回りに付き合ってもらうかね」
「はい、お付き合いします」
「仕方ないな」
3人は横に並び、表の通りを歩きはじめた。
最初にあいさつに行ったのは1軒の宿だった。晧月が入ると1人の老人が「おお、晧月っ」と嬉しそうに名前を呼んだ。そして世間話を少ししたあと、晧月は老人に頼んだ。
「今日と明日の2日間泊まりたいんだが、いけるかい? 2部屋で」
「おお、お前のためなら、いくらでも用意するさね。3時以降に来てくれ」
「ありがとう。男女で部屋を分けるから、そんな感じで頼むわ」
「わかった。用意しておくよ」
晧月と共に宿を出る。林杏は尋ねた。
「晧月さん、さっきのお宿でもなにかあったんですか?」
「あったっていっても、大したことじゃねえよ。ちょっと厄介な客が暴れてたから、穏便に片づけただけだ」
どのように片づけたのかはわからないが、老人――おそらく店主だろう――にとっては、大変助かったようだ。
「さっきのおじいさんは、どんな方なんですか?」
「あのじいさんはなあ……」
歩きながら晧月の話を聴いた。