目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

2.輝州の明亮

 道中これといった問題もなく、無事にフェイ州の首都、明亮ミンリャンの上空に着いた。大きな壁に囲まれており、建物が等間隔に並んでいる。道はまるで碁盤の目のようで、壁の内側のもっとも奥、方角にすると北に宮殿らしきものが建っている。

「守衛とのやりとりが面倒だから、もう直接入るぞ」

 晧月コウゲツの言葉に、珍しく浩然ハオランが頷いた。

「まあ、あそこは列が長いからな」

 大都市に入るためには、そんなに長い列に並ばないといけないのか。柵すらない故郷とはずいぶん違う。

「住人にはまた別の入口があるんだが、証明書代わりの木札がいるんだよ。でも俺はもう返上しちまってな」

「住人の出入りにも厳しいんですね」

 林杏リンシンが目を丸くすると、浩然が答えた。

「帝のおわす場所だからな。不穏分子を入れないに越したことはない。まあ、宮殿に出入りできる存在は限られているが、不届き者がなにをするかわからんからな。不安材料はできるだけなくしたい、といったところだろう」

 その宮殿に出入りできる者が、すぐそばにいるということを知ったとき、浩然はどのような反応をするのだろうか。林杏でさえ、驚きその場にひれ伏したのだ。浩然なら額が地面をえぐるくらい伏せてしまうだろう。

 林杏たちは人気ひとけの少ないところで着地した。

「裏路地すぎると、あんまり治安がよくないからな。ここから奥には行かないほうがいいぜ、よし、表の通りに出よう」

 晧月を先頭に20歩も進むと、道幅いっぱいの人の波が現れた。人々はぶつかることなく進み、談笑までしている。屋台があるのか、食べ物の香りがする。林杏は見たことがない人の数に、口がぽかんと開けたままになってしまった。

「林杏、すげえ顔」

「えっと、晧月さん。今日はお祭りかなにかなんですよね? これだけ人がいるってことは」

「残念、平日なんだよなあ。いっつもこんな感じだぜ」

 たしかにこんな状況では、はぐれてしまった場合なかなか合流できないだろう。

「浩然さん、もしくは晧月さん、服を掴ませてください。こんなところで迷子になりたくありませんっ」

 晧月は「あっはっはっは」と笑ったが、見知らぬ土地で迷子など林杏からすれば一大事だ。

「犬野郎、掴ませてやれよ。……いや、いっそ手繋いじまうのもありだな。恋人同士だと思われたほうが、変なやつは寄りつかねえだろうし」

 晧月がなぜかニヤリと笑う。なるほど、そんな方法もあるのか。しかし片手が塞がっているとなると、浩然も行動しづらいだろう。

「晧月さん、やっぱり両手は空いていたほうがいいんじゃないでしょうか?」

「いやいや、服を掴んでるだけだと、なにかの拍子に手を離すかもしれねえだろ? 手を繋いでるほうが安全じゃねえか」

 そういえば子どもの頃、両親に手を握られていたことがあったが、安心感があったのを覚えている。

「おい、虎野郎。お前、楽しんでるな?」

「えー? なんのことですかー?」

 浩然は晧月を睨んでいる。晧月は久しぶりの故郷が楽しいのかもしれない。

「浩然さん、手をお借りしてもいいでしょうか? 迷子は、迷子はいやですっ。怖いですっ。こんなにも人の多いところで、はぐれたくありませんっ」

 あまりにも切羽詰まっているように見えたのだろうか。浩然は大きく溜息を吐き、尻尾を大きく左右に振りながら、左手を差し出した。

「わかった。……ほら」

 林杏は自身の右手をのせる。浩然の予想より大きな手に包まれる。

「浩然さん、手大きいんですねっ」

「それほどではない。普通くらいだ」

「そうですか? それに温かいですねえ。山に籠る修行のときにいてくださったら、とても心強かったと思います」

 林杏が素直に感想を述べていると、浩然は空を仰ぎ、空いている手を両目の上にのせて溜息をついている。すると晧月が声をかけてきた。

「林杏、恋人のフリが必要なときは犬野郎以外に頼むなよ? 犬野郎が1番頼りになるからな」

「わかりました。そうします」

 林杏は頷いた。

「さて、じゃあ悪いが、俺のあいさつ回りに付き合ってもらうかね」

「はい、お付き合いします」

「仕方ないな」

 3人は横に並び、表の通りを歩きはじめた。

 最初にあいさつに行ったのは1軒の宿だった。晧月が入ると1人の老人が「おお、晧月っ」と嬉しそうに名前を呼んだ。そして世間話を少ししたあと、晧月は老人に頼んだ。

「今日と明日の2日間泊まりたいんだが、いけるかい? 2部屋で」

「おお、お前のためなら、いくらでも用意するさね。3時以降に来てくれ」

「ありがとう。男女で部屋を分けるから、そんな感じで頼むわ」

「わかった。用意しておくよ」

 晧月と共に宿を出る。林杏は尋ねた。

「晧月さん、さっきのお宿でもなにかあったんですか?」

「あったっていっても、大したことじゃねえよ。ちょっと厄介な客が暴れてたから、穏便に片づけただけだ」

 どのように片づけたのかはわからないが、老人――おそらく店主だろう――にとっては、大変助かったようだ。

「さっきのおじいさんは、どんな方なんですか?」

「あのじいさんはなあ……」

 歩きながら晧月の話を聴いた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?