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1.予想外の誘い

 林杏リンシンが握り拳を作っているのも知らず、天佑チンヨウは説明を続ける。

「劫の受験は今日から2ヶ月後。こちらが指定した順番で受けてもらいます。この2カ月のあいだに、身辺整理や挨拶回りをしておくように」

 身辺整理や挨拶回り。つまり劫による死を予想しておけ、ということ。林杏は拳を固くする。

(今度こそ、絶対に劫に受かってやる)

 自分のためにも、梓涵ズハンとの約束のためにも。

 天佑が「それでは」と言って、立ち去った。

「ついにだな、林杏」

 晧月コウゲツに声をかけられ、林杏は頷いた。

「でもきっと、きちんと対策を立てていないと、また失敗してしまいます。なんとかしないと」

「お、じゃあ残り1ヶ月くらいのときに、対策考えようぜ。おい、犬野郎も一緒にやるだろ?」

 晧月は隣にいる浩然ハオランに声をかけた。浩然は腕を組んで答える。

「まあ、対策を立てるのは大事だ。虎野郎と一緒なのは癪だが」

「お、お? つまり林杏がいればいいってことだな?」

「……うるさいっ」

 晧月は腕を浩然の肩に回し、ニヤニヤと笑っている。本当に仲がよくなってよかった。

 そのとき、朝食を知らせる鐘が鳴った。

「おっと、なんやかんやする前に朝飯だな。行こうぜ」

「そうですね。お腹が空いていたら、なにもできませんから」

 空腹ほどつらいものはない。それは今世の試験で痛感した。

「部屋の茶葉をどうするか……。捨てるのは忍びない」

「めっちゃあるもんな」

「そんなにですか?」

 林杏たちは雑談をしながら、食堂へ向かった。


 天佑から劫のことを告げられた日、林杏は部屋の片づけを行なった。といっても、それほどたくさんの荷物を持ってきたわけではないので、時間はかからなかった。

 翌日、起きて身支度を整えていると、林杏はあることに気がついた。

(あ、しまった。浩然さんからもらった髪飾り、どうしようかな。間際まではつけてていいけど。……そうだ、荷花フーファさんに頼んでみてもいいか)

 荷花ならどんなときでも食堂でテキパキと働いているだろう。劫の直前に頼んでみてもいいかもしれない。

 そんな風に考えていると、扉が3度叩かれた。誰だろうか。

「はあい、出ますー」

 扉を開けると、晧月が立っていた。

「あら、おはようございます」

「おはよう、林杏。実は、ちょっと提案があってな」

「案、ですか?」

「おう。一緒にフェイ州の首都に行かねえか? 俺、あいさつ回りしたくてよ。どうせなら観光がてら犬野郎も連れて、3人でどうかと思ってな」

 大都市、輝州。深緑シェンリュをとおして千里眼で見たのは、端に位置している地域だった。首都となるとまた雰囲気が違うだろう。

 ふと、以前に晧月が話してくれた、飴屋の店主と鳥の絵を描く女性を思い出す。

「前に話してくれた、飴屋さんと絵描きさんにも会えますか?」

「おう。あの2人にも挨拶するつもりだぜ」

「なら行ってみたいです」

「よし、決まりだな。じゃあ、犬野郎にも話すか。準備できたら俺の部屋に集合で大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、あとでな」

 晧月は小さく片手を上げ、その場を去った。扉を閉めた林杏は、予想していなかった予定に、心を躍らせる。

(3人で修行じゃないときに出かけるなんて、初めてだよね。どんな風になるんだろう?)

 林杏はさっそく荷造りをはじめた。


 朝食を終えると、林杏は片づけた荷物の中から服などを用意し、晧月の部屋に向かう。どれくらい滞在するのだろうか。

(飛ぶとはいえ、それなりにかかるだろうしな)

 しかし男性がいるので大変心強い。

(そろそろ移動しようかな)

 部屋の前には晧月と浩然が立っていた。

「すみません、おまたせしました」

「平気だぜ。犬野郎もさっき来たところだしな」

「どれくらいかかるものなんだ?」

 浩然が尋ねると、晧月が答える。

「そうだなあ、休憩しながらでも2日とちょっとくらいだな。向こうの宿は気にしなくていいし」

 晧月のことだ、なにか縁があるのだろう。

(だって晧月さんだしなあ)

 以前に輝州の話を聴いたとき、晧月は帝の子ではなく、一般人として行動していたようだった。

(身分ごまかしての行動かあ。晧月さんならしそうだよなあ)

 ふと、あることに気がつく。飴屋の店主が濡れ衣を着せられそうになったとき、優秀な役人が動いたというように言っていたが、あれは晧月のことではないのだろうか。

(晧月さんなら、あり得そうなんだよなあ。もしくはその役人に指示したか)

 しかし浩然がいるならば、確認はできない。

「よし、じゃあ行くか」

 晧月は先頭を歩きはじめる。あとに浩然、最後に林杏が続いた。道院の門を出て、足元に気を集め飛びはじめる。3人は自然と横並びになって空を飛んだ。

「そうだ、浩然さんは輝州には行ったことありますか?」

 林杏は隣にいる浩然に声をかける。浩然は前を向いたまま答えてくれた。

「何度か、親と一緒に仕事で行ったことがあったな。初めて行ったときは、賑やかで驚いたものだ」

「やっぱりそうなんですね。私、行ったことがないんで楽しみです」

「そうか。あちらでは、はぐれると合流するのに一苦労だ。お互い気をつけよう」

「あ、なるほど。わかりました」

 林杏はまだ訪れたことのないところについて、いろいろ想像し心が躍っていた。


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