叔父夫婦が
(しつこすぎるっ)
何度も同じ話をされている深緑も、さすがに精神的に疲れてきたらしく、叔父夫婦を帰したあとも大きく溜息を吐いている。まさに、今のように。
「……こんなとき、
亡き妹の名前を出すほどに、疲れているようだ。
(やっぱりそろそろ、精神的に厳しいか。……
叔父夫婦はまだ、近くにいるだろう。千里眼で叔父夫婦を探すと、すぐに見つかった。
「もう少しで参りそうだな。根負けさせて連れて帰るぞ」
「ええ。今日にでも、もう1回訪ねたら?」
「そうだな。早く連れて帰らないと、借金が返せなくなる。今度こそ金を用意しないと、終わりだからな……」
叔父夫婦の顔色が途端に青くなる。
(なるほど、借金があるのか。しかも額も大きくて、あとがなさそう。だから深緑さんを利用したいのか。……させてたまるか)
とりあえずは、深緑の精神面を安定させるのが1番だろう。林杏は深緑のいる町へ飛んだ。
深緑の家の扉を3度叩く。
「深緑さん、いますか? ええっと、杏です」
扉が開かれる。
「まあ、杏さん。いらっしゃいませ」
「ずいぶんとお疲れのようですが、なにかあったんですか?」
林杏はあえて知らないふりをして尋ねた。ずっと見られていると分かれば、恐怖を感じるだろう。
「ええ、少し……。でも大したことではありませんから」
「大したことがない割には、ずいぶんと顔色が悪いですよ。よければ、話してくれませんか?」
深緑は少し考えてから、「どうぞ」と林杏を家の中に招いてくれた。
通されたのは診察をする部屋。床に座り、お茶を淹れてくれている深緑に声をかける。
「それで、一体なにがあったんですか?」
深緑はお茶を用意しながら、叔父夫婦のことを説明してくれた。
「叔父はいい人なんでしょうけれど、わたくしはこの町でたくさんの人を助けたいのです。わたくしのことを知って、訪れる人も増えてきましたし。それに……なんだか、叔父の言葉は表面上のような気がして。悪く言うのは、よくないんでしょうけれど」
さすがの深緑でも、叔父に対する不信感があるようだ。信じすぎなくなった、という点では、あの詐欺師男と付き合った意味もあったのかもしれない。2度と関わってほしくないが。
「そんなことありませんよ。不愉快なものは不愉快ですし、断り続けるのは疲れるものです。なんとか諦めさせられればいいんですが」
そのとき、扉が開いた。叔父夫婦がやってきた。
「深緑、そろそろ決めてくれたかしら?」
義理の叔母が微笑みながら尋ねてきた。深緑の機嫌をとろうとしているのが、丸わかりだ。
「何度もお断りしているじゃありませんか。もうわたくしのことは、忘れてください。それにお客様がいらしてるんです。どうか、お引き取りを」
「そんなことを言うなよ、深緑。我々と一緒に来れば、不自由はさせないから」
「ですから、この生活に不満はないんです。お引き取りください」
林杏は静かに立ち上がり、深緑と叔父夫婦のあいだに入る。
「深緑さん、すごく嫌がっているように見えますけど。さっさと諦めて帰ったらどうですか」
「なんだ、お前は」
叔父が睨んでくる。しかし林杏はまったく怖くなかった。もう杏花ではないのだ。
「深緑さんの【
深緑が「借金?」と驚いた様子で叔父夫婦を見る。
「な、なんのことだ。深緑、こんなやつの言うことなんか、信じるんじゃないぞ」
「そうよ、深緑。私たちはあなたを思って、一緒に住もうって言っているのよ」
深緑は鋭い目つきで叔父夫婦に言った。
「杏さんは、わたくしの恩人です。しかも初対面の人に対して、失礼な物言い。わたくしは杏さんを信じます。どれだけ訪ねてこようとも、わたくしは叔父さまたちとは暮らしません。これ以上来るようでしたら、役人を呼びますよ」
「深緑さん、そのときは私に教えてください。いい人を紹介します」
もちろん晧月経由で、だが。彼なら優秀な役人をよく知っているだろう。帝の下で働いていたのだから。
深緑が役人、と言ったからか、林杏の補足が役に立ったのか、叔父夫婦は奥歯を噛みしめるような顔をして、深緑と林杏を睨みつけてきた。
「こ、後悔しても知らんからなっ。行くぞ」
「ふんっ、野垂れ死んでしまえばいいのよ」
叔父夫婦が出ていくと、深緑は大きく息を吐いた。
「お疲れさまでした、深緑さん。役人のことを言ったのは正解です」
「でも、また来たらどうすれば……」
「実際に呼んでやればいいんですよ。あと本当に役人を紹介できると思うんですけど、今回の件を話しておきましょうか?」
「いえ。大丈夫です、ありがとうございます」
「わかりました。それじゃあ、私はこれで」
「え、もうお帰りに?」
「ええ。深緑さんのお顔を見たかっただけなので。それでは」
林杏は微笑んだまま軽く頭を下げ、深緑の家を立ち去った。
(深緑さんは、昔のような人じゃない。自由になったんだ)
その事実に林杏は自然と口角を上げていた。
深緑を見守り続けて1年が経った。試験も終わり、あれから深緑の前に叔父夫婦が現れることはなかった。
早朝、
「皆さん、試験お疲れさまでした。結果を申し上げますと、3人とも合格です」
林杏はなんとか喜びの声を抑えた。天佑が続ける。
「これで皆さんは劫(ごう)の受験資格を得ました」
劫。前世で失敗した、仙人になるための最後の試験。
(ついに、ここまできたんだ)
林杏は両手を強く握りしめ、拳を作った。
転生者試験編・終わり