昼食を終えてしばらくすると、扉が3度叩かれた。
「
「おい、名前で言え名前で」
「わかるからいいじゃねえか」
扉の外からやりとりが聞こえる。笑いをこらえながら返事をして、扉を開けた。
「お二方、ありがとうございます。どうぞ、入ってください」
「おう。あ、犬野郎が茶とお菓子持ってきたから、手紙の返事書けてから飲み食いしようぜ」
「わあ浩然さん、ありがとうございます」
「まあ、このあいだ、そう言ったからな」
そう答えながらも浩然の尻尾は左右に激しく揺れている。どうやらお茶とお菓子がとても楽しみのようだ。隣にいて尻尾のことが見えているのか、晧月は口に手を当てて笑っていた。
晧月は自分の部屋から持ってきたらしい椅子を置き、腰かけた。浩然は机に向かう。林杏は別の竹簡を浩然に渡す。
「林杏、どんな手紙の内容にするつもりだ?」
晧月の問いに、林杏は答える。
「そうですね、もう1度考え直すように言ってみようかと。詐欺師であることをもっと主張して」
「それだと多分姉貴さんも意固地になっちまうぜ。どうせだったら情に訴えな」
「情に訴える?」
林杏が首を傾げると晧月はにやりと笑って教えてくれた。
「林杏の話を聴く限り、姉貴さんは優しい人みたいだから、理詰めでいくより情に訴えたほうが効くと思うんだよな。あなたのことが心配だ、とか妹と同じ目に遭うのを放っておけない、とか。こう、姉貴さんを心配してる空気を全面に出すといいと思うんだよな」
「なるほど」
おそらく帝のところで仕事をしているときに、多くの人を見てきたからか、晧月は細かいところまで想像できているようだ。
(情に訴える。考えたことなかった)
すると晧月が続けて言う。
「林杏、大事なのは自分がどう伝えるかじゃねえぜ。その人の性格ごとに伝え方を変えることだ」
林杏は目から鱗が出そうな衝撃を受けた。
事実を知らせれば理解してもらえると思っていた。恋というものを理解すればどう伝えればわかってもらえるか思い浮かぶと思っていた。しかし林杏がどのように伝えたいか、はさほど重要ではなかったようだ。
「勉強になります」
「まあ、だてに人見てねえからな。お前さんはこれからだよ、これから。なあ、犬野郎もそう思うだろう?」
「まあ、年の功というのもあるしな」
「お前今、何気に俺のことおっさんだって言ったな?」
「よくわかったな、そのとおりだ」
「3歳しか違わねえくせに」
晧月と3歳差。おそらく浩然のほうが年下、つまり28歳ということか。
(意外に年上だった)
林杏は密かに驚きながら、手紙の内容を改めて考える。
(情に訴える。深緑さんのことが心配だって気持ちを伝える。だったら……)
林杏は頭の中で手紙の内容を考え、浩然に伝える。
『深緑さま
厚かましくもお返事を書いたことをお許しください。
初めての恋。妹もあの男に恋をしていました。いえ、きっと恋に恋している状態だったのでしょう。
私は妹に好きな人ができた、と聞いて寂しさと嬉しさが半分ずつありました。そして妹も笑顔で語っていたので、違和感がありながらも、気づいていないふりをしてしまったのです。
私はあなたがとても心配です。かつての妹と同じ道を進んでしまうのではないかと。どうか、あの男との交際は考え直してください』
これでいいだろう。それに晧月の言うように、長期戦で挑むのならば、あまり詰め寄りすぎてもよくないような気がする。
「浩然さん、ありがとうございました。また夜明け前に彼女の家の前に置いてきます」
「ああ、気にするな」
「お、じゃあ茶でも飲むか。犬野郎が持ってきた茶とお菓子で宴だな」
「まだ試験が始まったばかりだろ。宴をするには早すぎる」
「なーに言ってんだ。2人なら酒を酌み交わし、3人揃えば宴になるもんなんだよ」
「林杏、この虎野郎みたいな男にひっかかると、苦労するぞ」
浩然がお茶の準備をしながら林杏に言った。
「お、じゃあどんな男がいいんですか、犬野郎」
浩然に尋ねる晧月はなぜかニヤニヤと笑っている。なんとなく意地が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。浩然は口元を歪ませながら、視線を泳がせる。
「まあ、誠実な男がいいだろう」
「おーい、根性見せろよお」
どんな男がいいか、という問いに対して、どう根性を見せろというのだろう。晧月の無茶ぶりに浩然が少々かわいそうに見えた。
この日林杏は少し早めに就寝し、夜明け前に深緑へ手紙を持っていった。前回同様、扉の前に置き、その場を去る。
帰ってきて朝食をとってから、自室で深緑の様子を見る。竹簡を削っているところなので、おそらく手紙を読み終え、返事を書こうとしているのだろう。
(さーて、しばらく頑張りますか)
早く詐欺師の