(あーっ、どうしたら深緑さんと詐欺師を引き離せるっ? わかんない、まったくわかんない)
せめてこのままの状態がどれくらい続くのかわかれば、安心できるものを。そのとき晧月のことを思い出した。
(そうだ、占い。深緑さんがどれくらいこの状況なのか、占ってみればいいんだ)
林杏はさっそく寝台の側に置いてあった箱の中から占い道具を出した。今回は晧月と同じように木札の束を使う。3枚木札を選び、横一列に並べてから表にひっくり返す。
(出たのは枯れた梅の花、夜、横たわった
林杏は思わず表情が歪ませた。つまり早めになんとかしなくては、深緑はずっと金づるにされ続けるということだ。
「なーんでこうなっちゃうんだろうなー」
自分しかいない部屋で林杏は叫んだ。山から出るときはあんなにも逞しくなっていた深緑が、今では詐欺師に引っかかっている。
(どうしたら深緑さんは目を覚ます? 私の言葉は届かないし。……いや、待てよ? 私以外の人の言葉なら届くんじゃない?)
しかし深緑が住んでいる町に、林杏の知り合いはいない。
(じゃあ私が変装して説得に行くとか? いや、半年も一緒に過ごしたからわかっちゃうか。それなら手紙、とか?)
筆跡は見せていないので、問題ないだろう。ようやく一筋の光が見えたような気がする。
(紙、は貴重だから無理だし、やっぱり竹簡か。新品の竹簡もらえるかな?)
林杏はこの道院全般の管理を行なっている人たちに、聞いてみることにした。彼らは忙しいようで1ヶ所に留まっている時間は限られている。道院全体を歩き回って探すほうがよさそうだ。
林杏はまず修行を行なう建物から見に行くことにした。
1棟はちょうど修行で使っており、もう1棟では1人ずつの獣人と人間の男性が掃除を行なっていた。
「あの、すみません」
林杏が声をかけると2人ともこちらを向いた。手前にいた、床の拭き掃除を行なっている人間の男性が手をとめて、林杏のほうへ近づいてくる。
「どうかされましたか?」
「あの、手紙を何通か書きたいので、竹簡をいただくことはできませんか?」
「いいですよ。おいくつ必要で?」
「そうですね、3つから5つほどいただいてもいいですか?」
「3つまでなら大丈夫ですよ。お持ちするので少々お待ちいただいてもいいですか?」
「はい、おねがいします」
人間の男性は移動した。林杏は掃除の邪魔にならないように外に出る。
しばらくすると人間の男性は3つの竹簡を持ってきてくれた。ありがたく受けとり、自室に戻ることにする。戻っている途中で昼食を知らせる鐘が鳴った。
(手紙書くのはごはんのあとでいっか)
林杏はとりあえず昼食をとりに行くことにした。
鐘が鳴ってすぐだと、それほど長い列はできていない。すぐに受取口で食事を受けとり、好きな席で食事をとることができる。林杏が
「お、林杏じゃねえか。一緒に飯いいか?」
「こんにちは。どうぞ、ぜひ」
晧月と浩然は林杏の向かいに座った。
「お? なんか林杏、すっきりした感じしてないか?」
「そ、そんなにわかりやすいですか?」
「そりゃあ、最近の状態から考えりゃあな。なあ犬野郎」
「まあ、比べればな」
林杏は手紙を書いて説得するという話をした。すると晧月から助言された。
「筆跡は気をつけろよ。形だけで男か女かわかるもんだからな」
「え、そ、そうなんですか?」
林杏は不安な気持ちを解消したくて、浩然のほうを見る。すると浩然は頷いた。
「あるな、そういうこと」
「そ、そうなんですか」
村で両親と暮らしているときには、気にしたことがなかった事実だ。
「どう特徴があるって言われたらわかんねえし、一概にも言えねえけど、これどっちが書いたなーとかってわかるな。だからお前さんが姉貴さんに匿名で手紙を出しても、気づかれる可能性があるぜ」
「そ、そんなあ」
林杏は思わず机の上に倒れ込んで、額をくっつけた。幸いにも食事がのった盆には当たらなかったので、ひっくり返らずに済んだ。
「うう……いい案だと思ったのに」
林杏が額をくっつけたまま落ち込んでいると、晧月が提案してきた。
「じゃあ犬野郎に代筆してもらえばいいじゃねえか」
「「え」」
林杏と浩然は同時に声を上げた。林杏は勢いよく顔を上げ、浩然を見る。すると浩然は視線をあちこちに動かしたあと、目を閉じた。
「ま、まあ、オレで力になれるのならば」
「ありがとうございます、浩然さんっ」
林杏は勢いよく立ち上がった。深緑への忠告はなんとなりそうだ。林杏は安心して食事を再開する。
「落ち着いて書けたほうがいいでしょうから、私の部屋でもいいですか? 竹簡は先ほどいくつかいただいたんです」
「だから年頃の女性が……まあいい。わかった、この食事が終わったら尋ねよう」
「ありがとうございます、すっごく助かります。どうお礼をすればいいですか?」
「いや、礼なんぞいらん。気にするな」
浩然はそう言ってくれたが、申し訳ない気がする。改めてお礼については考えることにした。