慎重になったらしい蛇は時折立ち止まり林杏がついてきているか確かめながら、
蛇が止まり、1本の木を見上げる。しずくの形によく似た、拳大の濃い色の葉を茂らせている。
「この木が落月木?」
林杏が尋ねると、蛇は頷いた。林杏は数枚の葉をちぎった。頭上を見て、枝葉が少ないところを発見する。
「ありがとう。戻って大丈夫だよ」
林杏の言葉を聞いた蛇は、氷の上を滑るように退散した。
林杏は落月木の葉を持って、空を飛んだ。風を切るように
(おねがい、間に合って)
林杏は飛びながらそう願った。どれくらいの時間でどのような反応が出るのか、まったくわからない。もしも晧月の体に毒が回りきっていたら。落月木の葉の解毒作用が効かなかったら。最悪の展開ばかりが頭の中に浮かぶ。
林杏は頂上付近にある花畑があるであろう辺りに着地する。それほど誤差はなく、走って晧月の元へ移動する。すぐに横たわっている彼の姿が見えた。林杏は駆け寄ると、腰を下ろし自身の太ももに晧月の頭をのせる。
「晧月さん、この葉を食べてください」
林杏は落月木の葉を晧月の口の中に入れると、吐き出さないように口を押さえた。すると晧月が暴れ出したので、林杏は慌てて力を加えた。
「晧月さん、食べてくださいっ。飲み込んでっ」
しばらく暴れると晧月は観念したかのように、落月木の葉を飲み込んだ。林杏は晧月の口から手を離す。晧月の険しかった顔つきは次第に穏やかになり、呼吸も深くなった。念のために気の流れを見ると、滞っているところはなく順調に巡っていた。
「はあ……よかった」
林杏は晧月の頭をそっと下ろし、自身も後ろへ大の字になって倒れた。
まぶしい光を浴びてようやく、林杏は自分が眠ってしまったのだと知った。
「よう」
声をかけてきたのは晧月。隣を見ると、申し訳なさそうに笑っていた。
「晧月さん……よかったあ」
林杏は全身の力が抜けていくのがわかった。もう1度後ろに倒れる。
「悪かったな、迷惑かけて」
「大丈夫です、大蛇に薬草を教えてもらいました」
「あの蛇が、か。礼言わなくちゃな。さて、じゃあ花を見せに行くか」
立ち上がろうとする晧月を林杏は止めた。
「だめです、まだ休んでおいてください。私が見てもらってきますから」
林杏は晧月から小刀を預かると、棘がなさそうなところを掴み花を切った。
「じゃあ行ってきますね」
自身の存在を主張するかのように輝いている朝日を浴びながら、林杏は洞くつを目指した。
洞くつに着き、大蛇の前に着く。
「大蛇さん、大蛇さん」
大蛇はゆっくりと頭を上げ、林杏を見た。
「大蛇さんのおかげで、晧月さんを助けられました。ありがとうございます」
「うむ、それならよい」
「それで、花を持ってきたんですが見てもらっていいでしょうか?」
「うむ」
林杏は手のひらの光を小さくし、背中に隠した。花がぼんやりと赤く光っているなか、大蛇が匂いをかいだ。
「ふむ、この花だ」
「よかった。じゃあ前に持ってきた花と、これを持ってくればいいんですね? どれくらい持ってくればいいですか?」
「そうだな、できるだけ多くがいい。我がもういいというまで持ってきてもらいたい」
林杏は予想より多くなりそうなことに少し驚いたが、大蛇の体の大きさを考えれば無理はないだろう、と納得した。
「わかりました。なるべくたくさん持ってきます。あの、晧月さんがまだ本調子じゃないんで私一人でやろうと思っているんです。なので時間がかかってしまうと思うんですが……」
「かまわぬ」
「ありがとうございます。それじゃあ」
林杏は大蛇にお辞儀をして、一度晧月の元に戻ることにした。
(晧月さん、大人しくしてくれるかな……)
晧月のことなので「俺も持っていく」と言い出しかねない。なにがあっても説得しなければ。
洞くつから出て空を飛び、頂上付近にある花畑へ向かった。
晧月のところに帰ってきた林杏は、棘のある花が大蛇の求めていたものであることを告げた。すると晧月は予想どおり「じゃあ摘むか」と立ち上がりかけた。林杏はそんな晧月の肩を下に押し、無理やり座らせた。
「だめです。毒で体が疲れているんですから、休んでください」
「おいおい、心配しすぎだぜ? 全然平気だ」
林杏は晧月の気の流れを見た。滞りはないが、体中を巡っている量が少ない。
「平気じゃないでしょ、その気の流れで。晧月さんは休んでてください。薪やキノコも拾わなくっていいですからね。ゆっくりするのが、今の晧月さんの役割です」
「ぐ……」
晧月は少し考えてから「わかった」と頷いた。林杏はにっこり笑う。
「晧月さん、前に私が毒蛇に噛まれたときに、すごく怒ってくれましたよね。私も今回晧月さんが毒にやられて、死んじゃうんじゃないかって怖かったんです。だから早く元気になってくださいね」
晧月は一瞬目を丸くし、頭を掻いた。
「あーあー、情けねえなー。わかりましたあ、がんばってすぐに元気になりまあす」
「はい、おねがいします」
林杏はにっこりと笑うと、大蛇の求めている赤い花――実際は青い花なのだが――を摘む作業に入った。