(早く、早く
時折足がからまりそうになりながらも、林杏はなんとか蛇のあとを追う。しかし疲れてきているのか、それとも焦っているためか、林杏はとうとう転んでしまった。
「いてて……」
明かりが消えてしまう。真っ暗になったなかで林杏が地面に手をつき力を入れた、そのときだった。落ち葉のせいで手がすべったのだ。
(あっ)
もう1度手に力を入れようとしたときには、すでに体が傾いていた。
林杏はとっさに頭をかばった。しばらく下へ転がっていると足首に硬いものがぶつかった。もしすると岩かもしれない。
底についたのか回転が終わる。林杏はゆっくりと体を起こし、立ち上がろうとしたが、足首に鋭い痛みが走る。思わずその場でしゃがみこんだ。
(まずは気を整えて治さなくちゃ……)
林杏は腰を下ろし、ほかに怪我がないか確認した。足首の捻挫以外には、軽いすり傷や打撲が数ヶ所あっただけだった。林杏は気を整えて怪我を治す。そして足元に気を集め、底から上がった。
着地し、周りを見るが蛇の姿はない。どうやら置いていかれてしまったようだ。
(どうしよう。蛇、どこに行ったんだろう)
山の中は歩き回ると簡単に迷う。昼でも遭難するのだから、夜に歩きまわるなど自殺行為である。
(ここで待つしかないか)
林杏はその場で座った。動きたいのに、早く落月木のもとに行きたいのに、動けない。頭の中でさまざまな考えが浮かんでは消える。
(やっぱり蛇を探したほうが……。いや、だめだ。合流するどころか迷子になる。でも晧月さんの体に毒が回りきったら。間に合わなかったら。……一度大蛇のところにもどって、別の蛇に案内してもらう?)
しかし無我夢中で走ってきたため、洞くつへの道がわからない。空から洞くつへの道を探すべきか。そんな風に別の方法が頭に浮かんでは、危険性を見つけ否定していく。
(どうして私が花を摘まなかったんだろう。なんで棘に毒があることを知っておかなかったんだろう)
どうして、と後悔がたくさん浮かぶ。そしてその後悔は林杏のことを責めた。
(毒に倒れたのが私だったらよかったのに。……私と一緒に行動しなければ。私が劫(ごう)を受けなければ。転生しなければ……晧月さんはこんな風にならなかったかもしれない)
たくさんの後悔は自身の存在をも否定していく。
自分ではなく、ほかの誰かと出会っていれば。自分とではなく、晧月一人で行動していたら。もっと注意深い人物といれば。たくさん出てくる、もしもという、別の未来。林杏は俯いて、なんとか輪郭だけが見える落ち葉を見つめる。
(私は友達1人も助けられないのか)
なんて無力なのだろう。たった1人を助けることもできない。このまま動くこともできず、晧月を死なせてしまうのか。
(そんなこと、あっちゃいけない。……今、私が頑張らなくて、誰が頑張るんだっ)
林杏は勢いよく顔を上げると、両方の頬を叩いた。そして立ち上がり、改めて周りを見回す。
(暗くてここがどこかはわからない。じゃあ、蛇に迎えにきてもらうしかない)
しかし、どのようにすればいいのか。蛇の特徴を思い出しながら、方法を考えることにした。
蛇は得物を体温や匂いで感知する。人のように音を聞き分けることはできないが、耳そのものはよく、体で音を感じている。
(そうか、音)
林杏はしゃがむと落ち葉をかき分けて地面を叩き始めた。拍子は一定に。ひたすら同じ速度で叩く。
ドン、ドンドン。ドン、ドンドン。
拳を作り、地面を叩き続ける。意図的に叩かなければ出てこないような拍子にしなければ、きっと蛇には気づいてもらえないだろう。林杏は同じ拍子で地面を叩き続ける。
どれくらい叩き続けていただろうか。ずいぶんと腕がだるくなってきた気がする。拳の側面は感覚がなくなってきた。しかし止めるわけにはいかない。そう思って叩き続けていると、落ち葉が動くような音がした。林杏は地面を叩きながら、音の正体を探る。そして正面から1つの小さな影がこちらに近づいてきた。林杏の手元の前で止まる。大蛇の眷属の蛇だ。戻ってきてくれたのだ。
「ああ、よかった……」
安堵している林杏に、蛇は申し訳なさそうに何度も頭を下げている。林杏は蛇の頭を人差し指で撫でた。
「途中で落ちちゃったの。だからあなたのせいじゃない。悪いんだけれど、改めて落月木まで案内してくれる?」
蛇は頭を縦に振ると、再び前方へ進み始めた。今度は速度を落としてくれている。
(晧月さん、待っててください。必ず葉っぱを持っていきますから。だから、もう少し頑張ってください)
林杏は速足で蛇のあとをついて行きながら、離れたところにいる晧月に願った。