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19.今度は晧月

 頂上付近の花畑で夜になるまで待機する。ゆっくりと日が落ちる。

「花、見つかるといいですね」

「そうだな。さっさと次のやつに行って、道院に戻りたいところだ。道院には寝台もあるから、落ち着いて寝られるし」

「そうですね」

 林杏リンシン晧月コウゲツは雑談をして時間を潰す。空は橙色から紺色になり、空に浮かぶ雲の色も濃くなってきた。

(そういえば遠くに見えてるけど、霊峰の真上は雲ばっかりで星が見えないんだ)

 月の光でも入れば多少ましだろうが、今のように位置によっては雲によって月光が入らないことがあることがわかった。

「よし、じゃあ花畑のほう見るか」

「はい」

 林杏と晧月は花畑に足を向ける。そんな中の一部が弱々しく赤い光を灯していた。

「よし、あったな。摘んで帰るぞ」

 そう言って赤い花を摘もうとした晧月が「いてっ」と手を引っ込めた。

「大丈夫ですか?」

「おう、大丈夫だ。どうやら棘があるみたいだな。ちょっと小刀で切るか。とってくるわ」

 晧月が近くに置いてある荷物のほうへ戻った。

(棘……? まさか)

 林杏は指先に小さく明かりを灯し、赤い花を照らした。するとそこには青い花びらがあった。これは以前に林杏が摘むことなどないだろうと思っていた、あの花だった。

(まさかこの花をとることになるなんて。わからないもんだなあ)

 林杏は明かりを消して、晧月がやってくるのを待った。

「よし、持ってきたぜ」

 晧月は小刀で花を、予備も含めて2輪切った。

「さて暗いなか飛ぶかどうか、だな。明るくなるまで待つには長いが、視界が悪いのはやっぱり危ないしなあ」

「そうですね……。本当はすぐにでも飛んで見てほしいところですが……」

 なにか突発的な事故や事件が起こり、林杏や晧月が怪我をしてはいけない。しかし早く大蛇には見てほしい。そう思うと焦りが顔を出してくる。

(いったいどうすれば。こんな夜だと歩いて洞くつに向かうほうが危ないし……)

 林杏がそんな風に考えていると、ドサッとなにか落ちるような音がした。林杏は音がしたほうを振り返る。晧月が荒い息をしながら、倒れている。

「こう、げつさん? ……晧月さんっ」

 とっさに晧月の体に触れると、まるで高熱を出したときのようだった。まさか疲れが溜まっていたのだろうか。ふと、1つの考えが浮かぶ。大蛇は花を食べて毒を得ると言った。つまり花そのものに毒があるということ。そして晧月はそんな花の棘が指に刺さっていた。

(もしもあの棘に毒が含まれていたとしたら)

 晧月は毒に侵されていることになる。林杏は晧月の気の巡りを見た。あちこちで気が滞っている。林杏は解毒のために晧月の気の巡りを操作する。絡み合った気はすぐに解けたが、整え終わった途端に再び滞りはじめた。

「えっ?」

 林杏はもう1度気の滞りを治した。しかしまるで互いに思い合っているかのように、すぐに絡まった。

(おかしい。気の操作で治らないことなんてほとんどないのに)

 しかし何度気を整えてもすぐに滞る。

(きっと私にはどうにもできない。それなら別の人を頼らなくちゃ。道院に行くには時間がかかりすぎる。ほかに頼れるような人は……)

 頭の中に浮かんだのは大蛇だった。毒を持っている花を食べているのだ、なにか解毒法を知っているかもしれない。迷っている暇はない。

 林杏は晧月の両腕を掴み、背負おうと試みる。しかし体格が違いすぎて持ち上げられない。

(こうなったら大蛇を呼んでくるしかない。急がないと)

 林杏は晧月を改めて横にさせた。晧月の呼吸は浅く速い。

(晧月さん、待っててくださいね)

 林杏は足元に気を集めると、耳で強い風の音を聞きながら今までで1番速く飛んだ。


 林杏は真っ暗な霊峰を空から見下ろす。洞くつの位置は上3分の1に近い中腹。真下は木々が覆い茂っているので、下りる場所を間違えれば木にぶつかって怪我をする可能性がある。林杏は目を凝らしながら、下りる場所を選んだ。本来ならば速度を落とす必要があるが、今はそんな時間の余裕はない。毒がどれくらいの時間で晧月の命を奪うのかわからないのだから。頬に枝や葉がぶつかるが構っている暇はない。

 着地したのは、昨日訪れた花の群生地だった。林杏は手のひらに光を灯しながら走り出した。木の根にひっかかったり、足元に転がっている石につまづいたりしたが、なりふり構わず洞くつを目指した。

劫を受けて失敗した際の転生には、記憶や仙人の能力を引き継ぐことができた。しかし劫を受ける前は?

(晧月さんが死んだらどうしよう。私はまだ、あの人のことをなにも知らない。まだ修行を終わってない。ごうも受けてない。そんな状態で死なせてたまるかっ。絶対に死なせたくない。友達を失いたくないっ)

 林杏はただただ前を見て走った。脚をすりむいても、服の一部が破けたような気配がしても、止まるわけにはいかなかった。

 明かりで照らされる風景を頼りに、林杏はなんとか洞くつにたどり着いた。そのまま中へ走りだす。林杏の速い足音が洞くつ内に響いた。

「大蛇さんっ」

 林杏は大蛇の姿を確認すると林杏はできるだけ大きな声で呼んだ。目の前の大蛇が自分のほうへ顔を上げたことを見て、林杏は肩で息をしながら大蛇に事情を説明した。

「こ、晧月さん、倒れて。棘が刺さったんで、花の毒のせいだと思うんです。でも、何度気を整えても絡まってしまって。あの、なにか方法を知りませんか? こ、このままじゃ晧月さんが……」

「落ち着け。棘ということは、あの花か。あの花の毒を消すには、落月木らくげつぼくの葉を生で食べさせればよい」

 落月木とは月が落とした種によって生えてきたという伝説がある木で、手のひら大の白いが生る。はとても甘く人気もある。

「葉でいいんですね?」

「うむ。あの葉にはあらゆる毒を消す効果がある。ただ多くの人間はそのことを知らぬ。いや、忘れてしまったのだ」

 しかし林杏は落月木の実を見たことはあるが、木はどんなものか知らない。

「あの、その落月木の特徴を教えてもらえませんか? 見た目を知らなくて」

「ふむ、それならば眷属に案内させよう」

 そう言うと、かつて道を塞いでいた蛇が一匹、大蛇の後ろから姿を現した。

「この人間に1番近い落月木まで案内せよ。急げ」

 大蛇がそう命じると蛇は頷き、素早く動き出した。林杏は軽く大蛇に頭を下げ、蛇のあとを追った。


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