洞くつから出ると
「やっぱり裏があったか」
「きっと大蛇にも事情があるんですよ。私たちに条件を出すのが決まりだって言ってましたし」
宥める
「林杏は腹立たねえのかよ。俺たちが苦労して笑ってたかもしれねえのに」
林杏は大蛇が自分たちを嘲笑っている様子を想像してみたが、いまいちしっくりとこなかった。おそらく大蛇はそんなことをしないだろう。
「あの大蛇はそこまで性格悪くないですよ」
林杏がそう言うと、晧月は目を丸くした。そして2、3度まばたきをすると、林杏の顔をまじまじと見ながら言った。
「林杏、お前さんやっぱりすごいな」
「え、なにがですか?」
林杏は晧月の言葉の意味がわからず、聞き返してしまった。
林杏と晧月は夕飯を早めに済ませ、夜まで待った。晧月の機嫌も直ったようで、焼いたキノコを食べながら、どの花畑から探しはじめるか話し合う。
「やっぱり近いところからのほうがいいよな?」
「そうですね。暗いなか長距離を移動するのは危ないですし。今日は近場を探して、遠いところを探すときは、明るいうちに移動しておきましょう」
「だな」
晧月はそう返事をすると、焼いたキノコの最後の一口を食べた。
「それにしても、こんなに時間がかかるとは思わなかったな。ちくしょう、あの大蛇め。いや、大蛇じゃねえな。
「晧月さん、意外と根に持ってますね。なんかさらりと流しそうだなって勝手に思ってました」
林杏の言葉を聞いた晧月は唇を尖らせ、あぐらの上で頬杖をついた。
「公平じゃねえのは、嫌いなんだよ。まあそう言って、どうにもならないときのほうが多いけどな」
晧月の言葉には諦めが含まれていた。晧月のすべてを知ったわけではないが、きっとすでにたくさん策を講じた結果、そう思うのだろう。そんな晧月の気持ちを否定してはいけないような気がして、林杏は「そうですか」としか言えなかった。
太陽が沈み、すっかり夜の色が空に馴染んだ頃に林杏と晧月は動き出した。まずは歩いて十五分もかからないところにある、赤い花の群生地へ向かった。群生地に到着するまでは、気で作った明かりをそれぞれが灯して歩を進める。晧月が前を歩いてくれているので、安心して進むことができた。
「ここだ」
晧月は手のひらの上にあった明かりを握りつぶして消した。林杏と晧月は暗闇に目が慣れてから、花の集まりを見た。黒い花が集まっている。
「赤くないですね」
「そうだな。移動するか」
晧月は林杏の後ろに移動し、再び先頭を歩き出してくれた。
赤い花の群生地の近くには白い花の群生地がある、と晧月が教えてくれた。
「こっちだ」
晧月のあとに続く。すると一分ほどで目的の場所に着いた。闇に慣れた目で見たが、花はうっすらと灰色になっているだけだった。
「次だな」
枝葉の少ない場所から飛んで、洞くつの真裏にある花畑へ向かった。真夜中に空を飛ぶのは障害物が見えにくいので避けるのが無難だが、短距離なので問題ないだろう。
林杏と晧月は花畑に着地した。昼間はさまざまな色で溢れていたが、今は灰色や藍色などに染まっている。そんななかでぼんやりと白く光っている部分があった。
「晧月さん、あれ」
林杏が指さす先を見た晧月は「おおっ」と喜びの声を上げた。
「きっとあの花ですよ。試しに摘んで帰りましょう」
「ああ、そうだな」
林杏と晧月は花畑の中に足を踏み入れる。晧月が花を2輪摘んだ。
「念のために、林杏も持っといてくれ」
「わかりました」
林杏が白く光る花を受けとると、晧月は「行くぞ」と飛んだ。林杏も続いて宙に浮き、晧月と共に洞くつに戻った。
洞くつの前にあるたき火の前で花を改めて見る。白くぼんやりと光っていた花は紫色の花びらを持っていた。
「まさか別の色だったのか」
晧月と同様に林杏も驚きを隠せなかった。
「よし、大蛇のとこに行くか」
「はい」
手のひらに明かりを灯した林杏は、晧月と共に洞くつに入った。
奥に進むと大蛇は珍しく起きていた。夜行性なのかもしれない。
「なあ、あんたが食ってる花って、これか?」
林杏は手のひらに明かりをつけたまま、五歩ほど下がって背中を向けた。明かりがあると色が変わってしまう。匂いで判断するだろうが、念のためだ。香りを嗅いだらしい大蛇が言った。
「ふむ、1つはこの花だ」
「やった」
林杏は思わず振り返って喜びを表に出した。晧月も林杏のほうを振り返っており、笑みを浮かべている。
「もう一方はあるのか?」
「いえ、まだ探しています」
「うむ。それならばもう一方を探し出し、それぞれの花を十分に運んでくれば透仙石(とうせんせき)を渡そう」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」
林杏は大蛇に頭を下げてから、先を歩く晧月に続いた。
洞くつを歩きながら晧月がこれからのことを話す。
「とりあえず、一回寝るぞ。それから空が暗くなる前に起きて移動しておこうぜ」
「そうですね。今日はどこを探しましょう?」
「そうだな……たしか頂上付近に花畑があったろ? あそこにしよう」
すでに林杏が探した場所だが、夜にはまだ訪れていない。探しに行く価値はある。林杏は首を縦に振った。
外は明るくなっていたので、洞くつの中で仮眠をとることにした。暗いおかげがすんなりと眠りにつくことができた。
体が左右に小さく揺らされたことで、林杏の意識は覚醒した。
「林杏、そろそろ移動するぜ」
瞼の裏が明るい。晧月が明かりを灯しているのだろう。
「うーん……わかりましたあ」
林杏はゆっくりと体を起こした。そんな林杏を見た晧月は感心した様子で言う。
「よくそんなに寝れるなあ。俺、最初に道院に来たとき、寝台に慣れなくてなかなか寝れなかったんだよなあ」
「そうなんですか? それほど硬くなかったかと思いますが」
林杏はようやく目を開くと大きく体を伸ばし、髪を結う。お団子状にする頃には林杏の目は覚めていた。
「お待たせしました、準備完了です」
「林杏……お前さん、結構テキパキ動けるんだなあ」
晧月は小さく拍手していた。林杏としては普通のことなので、なぜ感心されているのかわからない。
「俺はなかなか動けねえんだよなあ。ぼえーってしちまう」
寝起きで動けずにぼーっとしている晧月の姿が容易に想像できる。
「朝に畑仕事があったからかもしれません。いろいろすることがあるので」
「なるほどなー。よし、じゃあ行こうぜ」
「はい」
林杏と晧月は洞くつから出ると、目的である頂上付近の花畑に向かった。