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17.色の正体

 その日の夜、林杏リンシンは焼いたキノコを食べながら晧月コウゲツと話し合うことにした。

「晧月さん、どうしましょう? 花、見つかりませんけど……」

「うーん、ここまで来ると俺たちが思っている色と、大蛇が言っている色が食い違っている可能性も出てきたなあ。ちょっと確かめてみるか」

「あとお互いが見逃している可能性も考えて、今までのように別々ではなく、一緒に探すのはどうでしょうか?」

「そうか、その可能性もあるな。じゃあ明日はそうするか」

 話し合いをしながら、大蛇を襲うという案が出てこなくて林杏は内心ほっとしていた。

(晧月さんもきっと、卑怯なことはしたくないんだ。やっぱりいい人だ)

 林杏は焼いたキノコを咀嚼しながら、ちらりと晧月を見る。晧月は焼けたばかりのキノコを口に運んで「はふっ」と熱がっていた。

(明日こそ、花が見つかるといいけど)

 林杏はそう思いながら、焼いたキノコをもう一口食べた。


 次の日になると、林杏と晧月は大蛇に色の認識を確かめるために洞くつの奥へ進んだ。

「なあ、お前さんが思っている赤と、俺たちが知っている赤って同じか?」

 晧月がそう尋ねると大蛇は首を縦に振った。

「同じものだ。落ち葉の色であろう」

「ああ、そのとおりだ。それからもう1つ。お前さんが嘘を吐くもしくは吐いている可能性は?」

「嘘は吐かん。吐く必要がなかろう。我は毒を摂取できる、そちらは透仙石(とうせんせき)を手に入れることができる。互いに得するやりとりだと思うが?」

「……それもそうか。じゃあ行くか、林杏」

「はい。失礼します」

 林杏は大蛇に頭を下げてから、晧月と共に大蛇のもとを去った。

 洞くつに出ると、晧月が口を開いた。

「嘘は吐いてねえみたいだな」

「わかるものなんですか?」

「まあな。嘘や建前ばっかの場所にいるとな」

 晧月の横顔には表情が浮かんでいない。彼がいた環境があまりよくなかったことは想像がつく。しかし今は晧月自身のことよりも、大蛇が求めている花のことを考えなくてはいけない。

「さーて、それじゃあ一緒に探すか」

「はい。まずはどこを探しましょう?」

「1番遠いところからにするか。近くなら多少暗くても探せるが、遠いところは明るいうちにしか行けないからな」

「わかりました」

 林杏は晧月と共に、頂上の近くにある花畑に向かった。


 花畑に着くと晧月は忌々しそうに言った。

「ったく、なんで標高上がると息しにくくなるんだよ」

「ゆっくり探しましょう。ああ、摘んだ花はこれと、これと、これです」

「当てはまるやつ全部じゃねえか。それ以外にないか探すんだよな。時間かかりそうだな」

「そうですね」

 林杏と晧月は背中合わせで、見逃している花がないか探した。花畑のほとんどを占めている、黄色い花のあいだをかき分けていると別の花を見つけたが、紫色や桃色などだった。

 意外にも、背の高い花々に隠れている花は多かった。しかし青や黄色などで、赤や白は見当たらない。

 腰が痛くなった林杏はゆっくり立ち上がり、体を反らした。目に入った空は灰色でどんよりしている。すると鼻の頭に水滴が降ってきた。最初は1滴だけだったが、立て続けに降ってくる。雨だ。

「わ、わわっ」

「林杏、雨宿りするぞ」

 晧月がそう言った直後、天を破ったかのように勢いよく雨が降ってきた。林杏も晧月も、慌てて側にあった大きな木の下に避難する。ぽつぽつ、と枝葉のあいだから水滴が落ちてくるが、雨に直撃するよりはずっとましだ。

「ひえー、急に雨になるとか勘弁してくれよお。一瞬で服がずぶ濡れだ」

「山の天気は変わりやすいですからね。私も故郷にいたころはよく降られていました」

 この雨は木々や花にとっては恵の雨だろう。林杏は花畑を見た。するとさっきまで黄色かった花畑が真っ青に染まっていたのだ。

「こ、晧月さん、あれっ」

 林杏が指さした先を見た晧月も目を丸くする。

「な、なんで急に青色に?」

 林杏が思わず疑問に口にすると、晧月は顎に手を当てながら納得した様子で教えてくれた。

「濡れたら花びらの色が変わる種類があるって、なにかで読んだことがあったな。本当にあるなんてなあ」

 晧月の言葉を聞いて、林杏の頭の中で素早くなにかが繋がっていく感覚があった。大蛇は言った、嘘は吐かないと。しかし黙っていることがあるとしたら。色が変わる条件が水、気温、光、時間など、ほかにもあるとすれば。

「晧月さん、私たちはきっともっと大蛇に聞かなくてはいけないことがあると思います。もしかしたら、私たちが探している場所でなく条件が問題なのかもしれません」

 晧月が首を傾げたので、林杏は雨に濡れて色が変わった花をもう1度指さした。晧月は「なるほどな」と納得したようだった。

 雨はすぐに止んだ。林杏と晧月は頷き合うと、洞くつに向かって飛んだ。


 洞くつに着くと、林杏と晧月は大蛇のもとへ足を向ける。林杏は自身の考えが突破口になる予感がしていた。

大蛇はたしかに嘘を吐いていないだろう。そこまで意地が悪いようにも思えない。本人も言っていたが、嘘を吐いて有利に働くこともない。しかし林杏たちに条件を出すことが決まりになっている、と言っていた。どこの誰と結んだ決まりかは林杏たちにわからないが、その決まりには役割があるのだろう。役割はいくつか考えられる。大蛇から無理やり透仙石とうせんせきと奪うような悪人ではないか確認するため、透仙石が広まらないため、透仙石が掘り尽くされないため、などなど。

想像できる役割を果たすために、嘘は吐かなくても黙っていることがある可能性が出てきた。

(きっと大蛇は花を探す条件について気がつくがどうかも、試していたんだと思う。試していた理由は、わからないけど)

 林杏がそんな風に考えながら歩いていると、大蛇のいる、洞くつの奥に到着した。

「あの、お聞きしたいことがあります」

 林杏がそう呼びかけると、大蛇は頭を上げ、こちらを見た。

「なんだ。申してみよ」

「あの、あなたが花を食べるとき、どんな時間帯や天気が多かったですか?」

 一拍の間ができる。そして大蛇は答えた。

「雨は降っていることも、降っていないこともある。それから我は日が沈んでから、花を食べに行く」

 やはり、探す時間が違っていたのだ。林杏が予想的中の高揚を味わっていると、晧月が口を開いた。

「なんで黙ってた?」

「聞かれんかったからな。嘘は吐いておらぬ」

「蛇でも化かすのが得意なんだな。まるで狐だ」

「相手と話をせずに動き出すほうが悪いのだ」

 大蛇の言うことはもっともである。晧月も同じことを思っているのか、少々悔しそうだ。

「それじゃあ、探してきます。それでは」

 林杏は頭を下げて、晧月の背中を押しながら出入口へ戻った。晧月は大蛇をずっと睨んでいた。


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