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15.夜のひととき

 結局その後赤い花と白い花は見つからず、林杏リンシンは薪と食べられるキノコを持って帰ってきた。晧月コウゲツの姿はない。林杏は一足早く切り上げ、火を起こす。

 持ってきていた布でキノコの汚れを拭いたり虫を追い出したりして、石づきを小刀で削る。一番簡単に作ることができるのは焼きキノコだろう。それならば串も作らなくてはいけない。林杏は手早く枝を削って串を作る。

 林杏がキノコの下処理をしながら火の世話をしていると、晧月が赤い花を2輪、白い花を1輪持って、帰ってきた。

「おお、悪いな。花を探すのに夢中になっちまった」

 林杏の姿と火を見た晧月がそう言うと、林杏は「いえ」と短く返事をした。林杏は晧月が洞くつの中に入るのを見送る。

 キノコの下処理が終わり、小刀で食べやすい大きさに切っていると、晧月が戻ってきて、すぐに首を横に振った。

「今日はもう時間切れだな。また明日探すか」

 空は夜色に近づいている。

「そうですね」

 林杏は拾った枝を削り作った串に刺したキノコの焼け具合を確認する。どれもきちんと火が通っていそうだ。キノコを生で食べると腹痛になることがあるのだ。

「晧月さん、キノコ焼けましたよ」

 晧月にキノコを刺した串を渡す。

「おう、悪いな。明日は俺が薪探すわ。ただ……」

「はい、キノコは私が探します」

「悪い。まさか全部毒キノコだったとは……」

 晧月が気まずそうに、キノコを齧る。晧月は帝がいて栄えている輝(フェイ)州の出身なので、あまり山に縁はなかったのだろう。

「私は両親に叩き込まれました。毒キノコで死ぬことはよくあるので」

「そ、そうなのか? なんで規制されたりしないんだ?」

「自己責任だからですよ。私の住んでいた村は都市から離れていましたしね。都市部の飲食店に行けば、また話は変わるでしょうけれど。でも毒キノコの一部は薬屋でも売れます」

「毒キノコが?」

 晧月は目を丸くした。林杏は頷いてから理由を説明する。

「毒キノコも扱い方次第では、薬の材料になるそうです。なので食用のキノコと混ざらないように別にしてから、薬屋に売っていました」

「はー、毒にも薬にもなる、って言葉があるが、本当にそうなんだなあ」

 晧月は感心しながら、もう一口キノコを食べた。林杏も串刺しのキノコを食しながら故郷のことを思い出した。

(そういえば村長が、『ほかの動物が食べてるからって信用するな』って言ってたなあ。人間とそのほかの動物は食べれるものが違うからって)

 若い頃の村長は好奇心が人一倍旺盛で、周囲の人も大変な思いをしたらしい。今の優しく気遣いのできる人柄からは想像ができない。

「そういえば晧月さんは、輝(フェイ)州でも顔が広いんですよね?」

「おう、それなりにな。なんかまた困ったことでもあったか?」

「あ、いえ。前にいろんな人の話をしてくれたじゃないですか。また聴きたいなあって思いまして」

「お、いいぜ。そうだなあ……」

 晧月は話題にする人物を記憶の中で探している。林杏はふと興味が湧いて、晧月に尋ねた。

「あの、晧月さんのご家族って、どんな方たちなんですか?」

 晧月は一瞬目を見開くと、悲しそうに笑った。

「お前さんのところみたいな感じではないな。父親と会ったのは成人してからだったから。母親は俺を身籠ったのを、父親に言ってなかったみたいでな。その後は父親の元で働いたが、どうにも性に合わないし、相続争いには巻き込まれそうだし、命狙われかけるし。やってらんねえよ。あ、聞いて申し訳なかった、とか思うなよ。俺の環境がちいっとばかり変なだけだからな」

 先に釘を刺された林杏は「は、はい」とだけ短く返事をした。

「そうだ、またキノコ採りに行こうぜ。今度は毒キノコとの見分け方も教えてくれ」

「ええ、もちろん」

 林杏はキノコを食べながら頷いた。

(相続争い、命が狙われる……。晧月さんは、どんな気持ちで暮らしていたんだろう?)

 おそらくいい気分ではなかっただろう。それならば、せめて修行をしているあいだくらいは、楽しい思いをしていいのではないだろうか。

(大蛇が欲しがっている赤い花と白い花を探さなくちゃいけないけど、今は少しでも笑ってほしい、と思うのは私の今世が恵まれているからなのだろうか)

 すると突然、額に痛みが走った。どうやら晧月がデコピンをしたらしい。

「なーんか小難しいこと考えてるんだろうが、俺は友達と笑い合えたらそれでいいんだよ」

 晧月の少し困ったような笑顔を見て、林杏は晧月の望みどおりにすることにした。

「わかりました。じゃあ、私が蛇を平伏したときのことでもお話しましょうか」

「お、いいな。どんな話なんだ?」

「実は平伏したあとに、とある蛇に毎日求愛行動をとられまして」

「なんでまたそうなったんだよ、おい」

「それがいまだにまったくわからなくて……」

 林杏は故郷での話を続けた。ちなみに故郷を去る直前にも蛇から求愛行動を受けていたことを話すと、晧月は「もういっそ道院に連れてきちまえばよかったのに」と笑った。もう山に入っていないので、さすがにもう求愛行動はしてこないだろうが、村を出るときに一言あいさつをしてもよかったかもしれない。

(また故郷に戻ることがあったら、山の中に入って様子でも見てみようかな)

 林杏は晧月と話しながら、そんな風に思った。


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