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10.霊真珠

 自室に戻って準備を終えた林杏リンシンが食堂の前に向かうと、すでに晧月コウゲツが待っていた。

 晧月と林杏はチュアン州にあるヘイランへ飛んだ。道中に大きな問題はなく、予定どおり5日で到着した。

 ヘイラン湖は暗い青をしているせいで溺れてしまうと2度と見つからない、と言われているため泳ぐ者や水上生活をしている者はいない。好都合である。

「さて。近くの集落で干し肉も買ったし、宿もとれたし、あとは探すだけだな。林杏、お前さんは西を千里眼で見てくれ。俺は東側を探す」

「わかりました」

 林杏は西を向くと、目に意識を集中する。瞼の裏に見える湖の中は思っていたよりも暗く、なにも見えない。目を凝らすもわずかな影の動きで魚がいるのがわかるだけだ。

「晧月さん、これじゃあなにも見えません」

「そうだな。仕方ねえ、直接湖の中を探すか。ってことは真珠とそれを守る貝の見た目がいるな」

 晧月が地面の上に布を広げ、その上で占いを行なった結果、黒く中央に紫色の縦線が入っている二枚貝の中にあるとわかった。

「あんだけ暗い湖の中でなにかあったらよくねえ。一緒に探すぞ」

「はい」

 きりや小刀などの道具を持った晧月が先に入り、大丈夫だと合図を出したので林杏も自身の周りに気の壁を張って、湖の中に飛び込んだ。呼吸は問題なくできたので、別に集めた気で明かりを作りだす。沈んでいくなか下を照らしてみると、予想していたよりは深くないが水深は林杏の身長の倍くらいある。こんなところで溺れてしまったら、死体を探したとしても見つからないだろう。

 着地して林杏は晧月と共に目的の貝を探した。しかし岩や藻ばかりだ。

「晧月さん、もしかして砂の中にいるんじゃないでしょうか?」

 林杏がそう言うと、晧月は首を横に振った。

「真珠貝は岩場や縄にひっつくんだ。だから砂じゃねえと思う。生態が普通の真珠貝と同じならな」

「やっぱり晧月さんは、いろんなことを知っていますね」

「え? そ、そうか? そんなことねえぜ」

 声音が慌てているように感じるのは、気のせいなのだろうか。

(仕事で扱うことがあったなら、素直にそう言うだろうし。……なんで隠したんだろう。なにを隠してるんだろう)

 しかし悪だくみをしているのならば、林杏はとっくに痛い目に合っているはずだ。それに林杏が馬鹿にされたときも本気で怒ってくれた。そのため悪人ではないだろう。しかし友だと言いながらも、なにかを隠されているのは少し悲しかった。

(今は霊真珠の貝を探すのに集中しなくちゃ)

 林杏は空いている左手で頬を叩いた。

 海の中は想像していたより、生き物の気配が多かった。揺れる藻には魚が隠れていることもあった。岩場には名前の知らない貝がひっついており、そんな貝を殻ごと食べようとしている大きな魚もいる。

(湖の中って、もっと静かなのかと思ってた。……案外山の中と変わらないのかも)

 生き物がいて、緑があり、岩がある。違うのは環境だけ。林杏は歩きながらふと、故郷の川で泳ぎたくなった。

 しばらく湖の中を探していると、明かりが1つの貝の塊を照らした。藻をくっつけた平らな二枚貝が、いくつも寄り添い合っている。そのなかの貝には縦に紫色の筋が入っていた。晧月が話していた特徴と一致する。

「晧月さん、ありました」

 先を行く晧月を呼びとめ、二枚貝の塊を指さした。晧月は腰に提げていた小刀を手にとり、近づいてきた。林杏は二枚貝の塊を照らす。よく見ると霊真珠の貝は2つくっついているので、これで探索は終われそうだ。

 晧月が小刀でほかの二枚貝から霊真珠の貝を剥がし、1つを林杏に渡してきた。林杏を受けとると貝をまじまじと見た。あちこちに藻がついている。

「必ずしも真珠が入ってるわけじゃねえだろうが、採りすぎてもな。とりあえず一旦陸に戻るぞ」

「はい」

 林杏と晧月は一度、湖から出ることにした。

 陸に上がって気の壁を解除した。気の壁のおかげで衣類は濡れていない。

「じゃあ、早速中に真珠があるか確かめてみるか」

 波が押し寄せてこない位置に腰を下ろした晧月が、提げていた小刀で貝殻を開けようとした。

「あの、晧月さん。私がやってもいいですか?」

 林杏は山育ちだ。川に魚はいたが、貝をとったことはない。貝を開けて真珠をとるという、滅多にないことを体験してみたかった。晧月は「いいぜ」と返事をして、小刀を貸してくれた。

「まず、貝を開けられるすき間を作らなくっちゃいけねえ。上の貝殻同士がくっついてる部分があるだろ、そうそこだ。そこを握ってみな」

 言われたとおりにすると、貝殻にすき間ができた。

「そのすき間に刃を入れて、そのまま奥にある貝柱を刺して、横にずらしながら切るんだ」

 林杏は晧月の言うように刃を入れ、奥に向かって刺した。するとどこか変なところを傷つけてしまったのか、まるで袋が破れたように水が飛び出してきた。水を顔面に浴びてしまう。

「あっはっは。災難だったな」

「ぶえっ」

 口に入ってしまった水をどうにかしようと、唾を吐き出していると、急に眠気が襲ってきた。

(あ、れ? 疲れたのかな? でもまだ貝開けてる途中なのに……)

 抗いがたい眠気に飲み込まれるように、林杏は意識を手放した。


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