自室に戻って準備を終えた
晧月と林杏は
ヘイラン湖は暗い青をしているせいで溺れてしまうと2度と見つからない、と言われているため泳ぐ者や水上生活をしている者はいない。好都合である。
「さて。近くの集落で干し肉も買ったし、宿もとれたし、あとは探すだけだな。林杏、お前さんは西を千里眼で見てくれ。俺は東側を探す」
「わかりました」
林杏は西を向くと、目に意識を集中する。瞼の裏に見える湖の中は思っていたよりも暗く、なにも見えない。目を凝らすもわずかな影の動きで魚がいるのがわかるだけだ。
「晧月さん、これじゃあなにも見えません」
「そうだな。仕方ねえ、直接湖の中を探すか。ってことは真珠とそれを守る貝の見た目がいるな」
晧月が地面の上に布を広げ、その上で占いを行なった結果、黒く中央に紫色の縦線が入っている二枚貝の中にあるとわかった。
「あんだけ暗い湖の中でなにかあったらよくねえ。一緒に探すぞ」
「はい」
着地して林杏は晧月と共に目的の貝を探した。しかし岩や藻ばかりだ。
「晧月さん、もしかして砂の中にいるんじゃないでしょうか?」
林杏がそう言うと、晧月は首を横に振った。
「真珠貝は岩場や縄にひっつくんだ。だから砂じゃねえと思う。生態が普通の真珠貝と同じならな」
「やっぱり晧月さんは、いろんなことを知っていますね」
「え? そ、そうか? そんなことねえぜ」
声音が慌てているように感じるのは、気のせいなのだろうか。
(仕事で扱うことがあったなら、素直にそう言うだろうし。……なんで隠したんだろう。なにを隠してるんだろう)
しかし悪だくみをしているのならば、林杏はとっくに痛い目に合っているはずだ。それに林杏が馬鹿にされたときも本気で怒ってくれた。そのため悪人ではないだろう。しかし友だと言いながらも、なにかを隠されているのは少し悲しかった。
(今は霊真珠の貝を探すのに集中しなくちゃ)
林杏は空いている左手で頬を叩いた。
海の中は想像していたより、生き物の気配が多かった。揺れる藻には魚が隠れていることもあった。岩場には名前の知らない貝がひっついており、そんな貝を殻ごと食べようとしている大きな魚もいる。
(湖の中って、もっと静かなのかと思ってた。……案外山の中と変わらないのかも)
生き物がいて、緑があり、岩がある。違うのは環境だけ。林杏は歩きながらふと、故郷の川で泳ぎたくなった。
しばらく湖の中を探していると、明かりが1つの貝の塊を照らした。藻をくっつけた平らな二枚貝が、いくつも寄り添い合っている。そのなかの貝には縦に紫色の筋が入っていた。晧月が話していた特徴と一致する。
「晧月さん、ありました」
先を行く晧月を呼びとめ、二枚貝の塊を指さした。晧月は腰に提げていた小刀を手にとり、近づいてきた。林杏は二枚貝の塊を照らす。よく見ると霊真珠の貝は2つくっついているので、これで探索は終われそうだ。
晧月が小刀でほかの二枚貝から霊真珠の貝を剥がし、1つを林杏に渡してきた。林杏を受けとると貝をまじまじと見た。あちこちに藻がついている。
「必ずしも真珠が入ってるわけじゃねえだろうが、採りすぎてもな。とりあえず一旦陸に戻るぞ」
「はい」
林杏と晧月は一度、湖から出ることにした。
陸に上がって気の壁を解除した。気の壁のおかげで衣類は濡れていない。
「じゃあ、早速中に真珠があるか確かめてみるか」
波が押し寄せてこない位置に腰を下ろした晧月が、提げていた小刀で貝殻を開けようとした。
「あの、晧月さん。私がやってもいいですか?」
林杏は山育ちだ。川に魚はいたが、貝をとったことはない。貝を開けて真珠をとるという、滅多にないことを体験してみたかった。晧月は「いいぜ」と返事をして、小刀を貸してくれた。
「まず、貝を開けられるすき間を作らなくっちゃいけねえ。上の貝殻同士がくっついてる部分があるだろ、そうそこだ。そこを握ってみな」
言われたとおりにすると、貝殻にすき間ができた。
「そのすき間に刃を入れて、そのまま奥にある貝柱を刺して、横にずらしながら切るんだ」
林杏は晧月の言うように刃を入れ、奥に向かって刺した。するとどこか変なところを傷つけてしまったのか、まるで袋が破れたように水が飛び出してきた。水を顔面に浴びてしまう。
「あっはっは。災難だったな」
「ぶえっ」
口に入ってしまった水をどうにかしようと、唾を吐き出していると、急に眠気が襲ってきた。
(あ、れ? 疲れたのかな? でもまだ貝開けてる途中なのに……)
抗いがたい眠気に飲み込まれるように、林杏は意識を手放した。