カーンカーンと鐘が鳴る。食事の時間だ。
体や髪を清め、服装などを整えると食堂に向かうことにした。太陽の高さから察するに昼食どきだろう。ふと
食堂の列に並びながら、
(改めてお礼言いたかったのにな。……そうだ、あれだけのことをしてもらったんだから、なにか渡さなくちゃ)
しかし林杏は所持金がそれほどないことを思い出す。しかも3日後、いやもう日付が変わっているので2日後には新たな修行が始まる。そのためどこがに働きに行くことは難しいだろう。
(そうだ、キノコ。もう夏だからキノコも生えているはず。ご飯食べ終わってしばらくしてから、晧月さんのところに行って相談してみようかな)
林杏は少しずつ受付に近づく列の中で午後の予定を決めた。
昼食を食べ終わった林杏は、しばらく自室で過ごしてから晧月の部屋を訪ねることにした。もう日も高いのでさすがに起きているだろう。
共同宿舎の1階右奥に晧月の部屋がある。部屋の前にやってきた林杏は扉を3度叩いた。すると寝ぼけ眼の晧月が顔を出した。
「おう、林杏じゃねえか。どうした?」
「あ、もしかしてまだ寝てましたか? それでしたら……」
「ああ、いや、それは大丈夫だ。体拭いてから横になったら、うとうとしちまってな。まあ立ち話もなんだし、入れよ」
「失礼します」
林杏は晧月の部屋の中に入り、勧められた椅子に腰を下ろした。
「晧月さん、実はお願いがありまして」
「お、なんだなんだ?」
「この間の修行で荷花さんにはお世話になったので、なにかお礼の品を送ろうかと思いまして。それでキノコを採ってお金を稼ごうかと」
「キノコ? キノコって秋のもんじゃねえのか?」
もちろん秋にもキノコはたくさん生えるが、夏にも多く発生し林杏は父親と共にとっていた。そのことを説明すると晧月はにっこり笑った。
「いいぜ、協力する。あの人が食料やら布やら持ってきてくれなかったら、修業も次の段階に進めなかったしな」
「ありがとうございます。早速1番近い山に行きたいんですけど、いいです?」
「おう。んじゃ俺の服をカゴ代わりにでもするか? お前さんのものよりかはでかいだろ」
「そうですね……できれば竹かツルのカゴがあればいいんですけど」
「なんでだ?」
「運んでいる間にすき間から胞子が落ちるように、です。そうすれば来年もまた生える可能性があるので」
「なるほど、それは大事だな。んじゃカゴ借りてから山に行くか」
晧月と林杏は部屋を出た。そして敷地内を歩いていると、
「よし、これでいいな」
「はい。行きましょう」
林杏と晧月は近くの山まで飛んで行った。
山に来た林杏と晧月は早速キノコを探しはじめた。カゴは晧月が背負っており、中には大きく緑の濃い葉を敷いた。キノコが傷つきにくくするためと、小さなキノコがカゴの目から落ちないようにするためだ。
(晧月さんがカゴ背負うと、小さく見えるな)
そんなことを思ったとは言わず、足を動かす。
「キノコってジメジメしたところに生えてんだよな?」
「ええ、そうですね。あとは倒木や決まった種類の木の根元とか」
そんな風に話していると、晧月が屈んだ。
「お、もう見つけたぞ」
晧月が採ろうとしている真っ白で軸の細いキノコを見て、林杏はさらりと言った。
「それ、毒キノコですよ」
「えっ」
晧月が毒キノコをまじまじと見ているなか、林杏は別の木の根元を探した。キノコは小さすぎても、かさが広がり過ぎていてもいけない。
(これは食用だから採っていい。……こっちのも)
林杏は赤みが強い橙色のかさのキノコを慎重に根本から掘り出した。根本には白い殻のようなものがついている。
「晧月さん、このキノコを見つけてください。タマゴタケといいます」
「卵?」
晧月は首を傾げた。林杏はキノコの名前の由来を説明する。
「こちらの根元の白い部分、もっと若い状態だと卵のように見えるんです。この卵のような部分も食べられるので、一緒に採りましょう」
「わかった」
林杏は晧月の前を歩きながら、足元に目を光らせる。
一本の倒木が視界に入り、林杏は倒木に近づいた。苔と一緒に黄色く小さなキノコが生えている。こちらのキノコも食べられるので採取し、カゴに入れる。
林杏が主にキノコを見つけ、晧月はタマゴタケを採った。時折晧月が「このキノコは?」と尋ねてくるのに対して林杏は「毒キノコですね」と返した。自然界のキノコは食べられるもののほうが少ない。そのせいか晧月が尋ねてきたキノコはすべて毒のあるものだった。
しばらくキノコを採り、カゴの半分ほどがキノコでいっぱいになった頃、林杏は晧月に声をかけた。
「そろそろ町に持っていきましょうか。これ以上遅くなるとお店も閉まっちゃいますし」
「そうだな。枝同士のすき間が広いところから飛んでいくか」
林杏と晧月は枝の重なりがあまりないところから飛んで、町へとむかった。
町の中にある乾物屋や薬屋に行き、採取したキノコを買い取ってもらった。お菓子1人分くらいにはなったので、そのまま別の店で甘い揚げ菓子の5つ入りを買った。小麦粉と卵を混ぜて揚げ、砂糖をまぶしたものだ。
戻った頃にはちょうど夕食の鐘が鳴っていた。この時間の食堂は忙しいだろう。
「晧月さん、このまま食事をして頃合いを見て渡しましょう」
「そうだな。んじゃ飯終わってもしばらく食堂にいるか」
林杏と晧月は食堂の前に着地し、そのまま中に入った。
食事を終えても食堂で話しながら、多くの者が夜の修業に向かうのを見送る。喋り声や物音で賑やかだった食堂は今、厨房内の片づけの音しか響いていない。片づけをしている厨房内には荷花の姿があった。テキパキと動くなか声をかけるのは躊躇われるが、林杏たちがいることで片づけが進まない可能性もある。林杏は晧月と共に厨房内にいる荷花に声をかけることにした。
「荷花さん」
荷花は長い耳を細かく動かすと、林杏のほうを向いた。
「あら、林杏。どうしたの?」
「先日はお世話になりました。おかげで修行も次の段階に進めます」
「あら、よかった。この道院にあんな蛇まみれの場所があったなんて知らなかったわ」
「私もです。あ、それでお世話になったんで、よかったら食べてください。お口に合えばいいんですが。私と晧月さんの気持ちです」
「まあまあ。気を遣わなくってもいいのに。でも、ありがとう。それじゃあ、いただくわね」
荷花は林杏の包みを受けとってくれた。
「甘い香りがする。開けてもいい?」
「はい、どうぞ」
荷花は包みを開けると表情を明るくした。
「まあ、このお菓子大好きなの。ありがとうっ」
「いえ、こちらこそありがとうございました。すみません、お忙しいなか。それじゃあ」
「ええ。ありがとうね。おやすみなさい」
荷花と別れ、食堂から出る。
「よかったな、喜んでもらえたようでよ」
「はい。それじゃあ晧月さんも、おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
林杏と晧月は共同宿舎の前に着くと、それぞれの自室に戻った。