「柄とかは一緒じゃなくても大丈夫かしら?」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ今から下ろすわねー」
荷花は持ってきていたらしい縄を器用に扱い、カゴに結ぶと穴の中へ下ろしてくれた。林杏はカゴを両腕で抱える。布の一番上には箱がのっている。開けてみると針が5本刺さった針山が1つと、10個ほども糸の束、5つ糸切ばさみが入っていた。。
「もしほかにも必要なものがあったら、蛇さんで伝えてちょうだいなー」
「はい。ありがとうございます。お礼は必ず」
「あらー、いいのよいいのよ。それじゃあ、がんばってね」
荷花は林杏に手を振ってから立ち去った。
林杏はカゴを持って
「縫うのはしなくっていいんで、このカゴを持っていてもらえませんか? 大きいので縫っているときに抱えていられないんです。目は閉じてもらってていいんで」
「わ、わかった……」
林杏はカゴを仔空に預け、何枚かの布と針山を持って晧月と浩然のところに戻った。複数の布と糸の束1つを手渡し、針山からそれぞれ針を抜きとってもらう。
「並縫いでいいんだろう?」
「はい。おねがいします」
浩然の問いに林杏は頷いた。晧月の隣に移動する。
「晧月さん、まずは針に糸を通しましょう。できます?」
「うへー、穴小さいなあ。こんなの通せるのか?」
「通せますよ。……ほら」
林杏が手本を見せると、晧月は目を丸くした。
「お前さん、器用だなあ。え、どうするって?」
「ですから、これを……」
どうやら晧月は本当に針を扱ったことがないようだ。普通の家ならば、なにかしら針を扱う機会があるものだろうが、晧月の家では違ったようだ。裕福な家で育ったのかもしれない。
晧月に玉止めや並縫いの方法を教えてから、林杏も手を動かす。前世の生活では縫い目の大きさにばらつきがあると殴られていたため、均等に縫う癖がついている。しかも時間がかかってはほかの仕事ができず、さらに殴られるため、手早くする必要があった。
ふと視線を感じたので顔を上げると、晧月が目を丸くした状態でこちらを見ていた。
「どうかしました? わからないことでも?」
「いや、お前さん……すげえなあ」
「いや、お針子さんとかのほうがすごいと思いますよ。ほら、晧月さん。手を動かしてください」
「へーい」
晧月は時折指を刺しながらも、縫い進めていった。
縫い合わせては次の布をとってきて、といいう作業を何度も繰り返す。林杏たちはひたすら布を縫い合わせた。
なんとかすべての布を縫い合わせてから、さらに3人分の布をつなぎ合わせ、1枚の大きな布を完成させた。
「あとは布を蛇たちにかぶせるだけか。でもそのままだったら出てくる可能性あるよな。どうするか」
晧月が腕を組んで考えていると、浩然が案を出した。
「平伏させた蛇たちを
「そうですね。それならさっそく……」
動き出そうとした林杏を止めたのは、晧月だった。
「お前さんは休んでな。俺たちよりだいぶ多く縫っただろ。おい、犬野郎。行くぞ」
「命令するな、虎野郎」
晧月と浩然が蛇を平伏している間、林杏は晧月の言葉に甘えることにした。大きく息を吐き、何度か瞬きをする。肩にも力が入っていたようで、回すと何度も音が鳴った。
「林杏さん、すごいねえ。お裁縫、得意なの?」
ずっと壁に掴まっている
「まあ、前世の関係で」
林杏は言葉を濁した。
しばらくすると、晧月が「終わったぞー」と告げた。林杏も自分が平伏させた蛇10匹を呼び寄せた。
「ほかの蛇をなるべく中央に寄せてから布かぶせるか。平伏させた蛇たちはできるだけ壁際にいてもらって、布をかぶせてから上にのってもらう形がよさそうだな」
晧月の意見に林杏は頷いた。林杏、晧月、浩然の3人は平伏した蛇に指示を出し、ほかの蛇たちを穴の中央に集めさせた。3人は分かれて布を持ち、同時に布を持ち上げ膨らませた。
「「壁際に寄れ」」
林杏たちは平伏させた蛇に命じた。蛇たちはすばやく壁際に移動する。空気で膨らんだ布を大量の蛇たちにかぶせてからさらに命令すると、平伏した蛇たちは布の上に体を伸ばした状態でのった。空気が入る程度のすき間はできているうえに、布の繊維のすき間からも空気は入るので窒息はしないだろう。
布をかぶせるとほとんどの蛇の姿は見えなくなったが、動いている様子は布の凹凸(おうとつ)の変化でわかる。
(もうこれで我慢してもらおう……。布の縁にいるのは平伏してるから、命じていれば危害は加えないし)
林杏は仔空に声をかけた。
「仔空さん、目を開けてもらっていいですか。もう蛇を覆ったんで」
仔空は恐るおそる目を開いた。布の縁にいる蛇を見て「ひっ」とは言ったものの、ぎこちなく頷いた。
「こ、これならまだ、大丈夫、だと思う」
林杏は大きく息を吐いた。これで気まずい空気もどうにかなるだろう。
あとはこの状態で7日間を過ごすだけ。そう考えると突然の眠気に襲われた。
(疲れたのかな……)
林杏はゆっくり目を閉じた。
その後は気まずい空気になることはほとんどなく、無事に過ごした。三日目になると可馨がしばし林杏の腕の中で休憩をとった。その後も壁に張りついていたのでよほど腕力があるのかと思ったが、「コツがあるんだよー」と本人は否定した。
仔空は布をかぶせてからは蛇に怯えることもなく過ごせたようで、時折小さく笑顔を見せていた。
浩然は1人で黙っていることが多かったが、晧月がちょっかいをかけると面倒くさそうに顔を歪ませていた。
7日目、扉が開く音がした。見上げると天佑(チンヨウ)が林杏たちを見下ろしており、右手を小さく横に動かす。
「上がってきなさい」
林杏たちはゆっくりと浮上した。今まで感じていたような、見えない壁はもうない。天佑の側に着地すると、天佑は改めて林杏たちを見て口を開いた。
「7日間、お疲れさまでした。可馨さん、晧月さん、浩然さん、林杏さんは次の段階に進みなさい」
名前を呼ばれた全員が仔空のほうを見た。彼だけ名前が呼ばれていない、つまり不合格ということだ。仔空は微笑んだ。
「当然です。おめでとう、皆さん。次の修業、がんばってください」
林杏はどう声をかけていいかわからなかった。たしかに林杏は仔空が暴れたせいで蛇に噛まれ、苦しんだ。彼のために蛇対策を講じることになり手間もかかった。しかし不合格となると、それはそれで少し悲しいものがある。
「それでは皆さん、3日間は休みなさい。3日後、今後のことについて説明をします。合格者は金の像のところに、それ以外の者は声をかけるまで待機しておくように」
そう告げると天佑は先に建物から出た。林杏たちも立ち去り、自室に戻った。
部屋に帰ってきた林杏は寝台に倒れこんだ。
「ああー、疲れた。ほんと疲れた」
自分以外にいない部屋の中で思わず声を出す。そしてすぐに意識が途切れた。