(1番いいのは視界に入れないことだけど。目隠しをしたら、逆に気配を感じやすくなるかもしれないし)
かといって、すべてを平伏するのは不可能だ。いったいどうすれば。
(蛇が好きになる方法とかがあればいいんだろうけど、あの様子じゃ無理だろうしなあ。踏み台があったとしても、きっと私たちは一定の高さ以上は出られないし。一人分の小屋みたいなものが作れれば見なくて済むかもしれないけど、私だったら窮屈で嫌になりそう)
さまざまな案が浮かぶが、どれも実現が難しかったり欠点があったりした。林杏は思いきり頭を掻きまわしたい衝動に襲われた。なにか、なにかいい方法があるはず。
そんな風に考えていると、扉が開く音がした。食堂に遣いとして出した蛇が穴の中に戻ってくるとウサギ獣人の女性、
「荷花さんっ」
林杏は嬉しくて、つい声を上げてしまった。
「お待たせ。蛇さんだけじゃ運べなさそうだったから、私が持ってきたの。カゴに入れてあるから、今から下ろすわね」
そう言って荷花は縄を結んだカゴをゆっくりと下ろしてくれた。林杏はカゴのもとに行き受けとると、中に入っている包みをまずは1番近いところにいる浩然に渡す。すると浩然は順番に他の者たちへ包みを渡してくれた。
「ほかになにか必要なものはある?」
荷花の問いに、林杏はもう1度考えた。いっそ、蛇が見えないようになにかで覆ってしまおうか。少し
「でしたら申し訳ないんですが、大きくていらない布をできるだけたくさん、それから針と糸、糸切ばさみをおねがいします」
林杏は空になったカゴに縄を結びながら頼んだ。
「大きな布と針と糸、糸切ばさみね。わかったわ。ちょっと時間がかかるかもしれないけれど、ごはん食べて待っててちょうだいね」
荷花は頷くとその場を離れた。
「林杏、なにする気だ?」
干し肉を齧りながら尋ねてきた晧月に考えを説明する。
「1枚の大きな布を作って、蛇の上にかぶせてしまおうかと。それなら蛇の姿は見えないし、気配もわかりにくくなると思うんです」
「俺、針仕事したことねえよお」
晧月は嫌そうに答えた。そんな晧月の側に近づき、小声で説得する。
「だって、今の空気のままでいいはずないでしょ。これでも考えたんです。こんな空気の中でご飯食べたって味しないじゃないし、胃だって痛くなりますよ。嫌ですよ、そんなの」
「お前さん……食うことに関しては相変わらずだなあ」
「針の扱いも教えますから、やってください」
「わかった、わかったよ」
林杏の熱量が伝わったのか、晧月は渋々頷いた。
「とりあえず、だ。布が来たら全員で……って、あんたは無理か」
晧月の視線の先には、壁に張りついている可馨がいる。
「ごめんねえ。浮きながらほかの作業したら、多分落ちちゃうから。集中しないと浮けないんだよねえ」
先ほどの仔空に対する厳しさは姿を消し、おっとりとした口調に戻っていた。
「でも7日間も壁に張りついていられませんよね? いや、これだけ長い間掴まっていられるのもすごいんですけど」
感心している林杏の言葉に、可馨はなんてことない、とでも言いたげな態度で答えた。
「うちの村ねー、断崖絶壁にあるんだー。それで成人の儀式のときに三日間、命綱なしで崖に張りつくんだー」
「なんだそのおっかない村は……」
今まで黙っていた浩然が、突如会話に加わってきた。林杏も同じことを思ったので気持ちはわかるが。すると晧月が納得した様子で口を開いた。
「あの村か。崖のこう、中腹っていうか、内側にある村だよな。崖の先から吊るされてる鎖で出入りするっていう」
「そう、そうだよお。よく知ってるねえ。故郷のこと知ってる人、初めて会った」
「え、あ、そうか? はははは……」
晧月が時々する笑い方。以前までの林杏なら照れ臭いからだと思っていた。しかし今は少し違うような気がしている。
晧月のことを説明しようとすると、水のように正体が掴めない。面倒見のいい兄貴肌のようにも見えるが、背筋が凍るような暗い目のときのことを考えると、明るい性格を演じているようにも感じられる。
(晧月さん、あなたは……本当はどんな人なんですか? 何者なんですか?)
林杏は咽喉まで出た言葉を飲み込んだ。
(今は聞くときじゃない)
林杏は食事が入っている袋を強く握った。
ふと仔空のほうを見る。宙に浮いたまま目を閉じて縮こまっている。林杏は仔空に近づいて、声をかけた。
「仔空さん、完全に蛇の気配を消すことはできないけれど、縫い合わせた布を蛇たちにかぶせれば見えなくなると思います。だから一緒に布を縫い合わせてくれませんか?」
「や、やだ……。目を開けたら蛇の姿が見えるじゃないか」
たしかにそうだ。よっぽど蛇が怖いようで、体が震えている。
(これじゃ、だめだな)
林杏は元の位置、浩然と晧月の間に戻る。そのとき浩然と目が合った。
(そうか、浩然さんにも手伝ってもらえばいいのか。それならもっと早く布の縫い合わせも終わるし)
そんな林杏の考えが伝わったのか、浩然は嫌そうな顔をして言った。
「やらんぞ」
「まだなにも言ってませんよ」
「どうせ布を縫い合わせるのを手伝えって言うんだろう?」
「はい。手伝ってください」
「いやだ。やらん」
浩然が首を横に振ると、晧月が口元に手を当て、にんまりと笑った。
「そう言ってできないんだろお? しないって言えばできないことを隠せるもんなー」
「なにを言う。オレの家は自分の服は自分で繕っていた。針くらい扱える」
「よかったな、林杏。犬野郎はできるってよ」
「ありがとうございます。助かります」
浩然は悔しそうに顔を歪ませた。林杏は晧月のずる賢さに感謝した。
荷花が布などを持ってきてくれるまで、まだ時間がかかりそうだ。林杏は包みを開け、干し肉を齧った。