全員の顔を見て、
「あの、申し遅れました。私、林杏といいます」
続いて
全員でこの穴の中でわかっていることを整理することにした。
ここには蛇がたくさんいるということ。浮いておける高さが制限されていること。ほんの一握りの蛇は林杏が平伏させている、ということ。
「それくらいかしらね?」
可馨の言葉に林杏は頷いた。
「林杏、お前さん犬野郎を助けたとき、10匹くらい同時に平伏させてたよな。どれくらいまで同時に平伏させれるんだ?」
「いや、あのときは必死だったんで、まったくどうやったか覚えてなくって……。今やってもどうにか頑張って2、3匹が限界かと。……というより、この数の蛇をすべて平伏するのは現実的ではないかと」
林杏の言葉を聞いた晧月は「そりゃそうか」と納得していた。林杏は下にいる蛇を見る。地面を覆いつくしている蛇たちは共食いをしていないので、普段から餌を与えられているのかもしれない。
「それか、食うか」
晧月の言葉に多くの者が表情を歪めた。仔空は恐怖からか震えている。
「得物を絞め殺す蛇は筋肉が発達しているので、ある程度おいしく食べられるらしいですが、毒蛇は筋肉がないからあまりおいしくないらしいですよ」
林杏は故郷で幼い頃に村長が話してくれたことを伝えた。村長が実際に食べてみた感想らしく、聞かされたときにはどのような反応をすればいいのか、わからなかったことを思い出す。
「そうかあ」
晧月は残念そうな声を上げた。なぜ名案だと思ったのだろうか。
「でもせっかくなら食事はしたいよねえ。最初の試験の瞑想1週間、辛かったもん」
可馨の意見には林杏も激しく同意する。しかしこの場に食料になりそうなものは、蛇しかいない。
「蛇料理ってなにかありましたっけ? 私、汁とか炒め物しか知らないんですけど」
「お粥とか唐揚げもするよ。ワタシはけっこう好き」
林杏の問いに答えた可馨の顔を、仔空が信じられないといった表情をしながら見つめている。
「へえ、じゃあ結構いろいろあるんだな」
晧月は乗り気だ。そんな彼に浩然が一言尋ねた。
「で、どうやって捌く気だ。内臓や毒を取り除かないと、食べられないだろう」
浩然の的確な言葉に晧月は悔しそうに顔を歪ませた。
「すべてを平伏するのは無理だろうが、半分くらいまで平伏させて戦わせるのはどうだ。最後に1匹だけが残ることはないだろうから、蟲毒の発生にはならないはずだ」
浩然が提案する。
蟲毒とは蛇やムカデなどを1つの壺に入れ、最後の1匹になるまで共食いさせ、残ったその1匹を使って人を殺める方法のことだ。
ほかに有効な手段はほかにはないような気がしてしまう。
「……っていうか、蛇をどうしろとは言われてないから、別に浮き続けててもいいのか」
晧月の一言はもっともだった。しかしずっと気を足元に出し続けているのは、疲れてしまいそうだ。さらに空腹を感じないように瞑想をしなくてはいけない。疲労度が高そうだ。そしてなによりなにも食べられないのは精神的に辛い。
(食事みたいに立派なもの、とは言わない。果物みたいなちょっとしたものでいい)
林杏は頭を全力で働かせた。なにか、なにかできることは。
足元には大量の蛇。林杏はその中から自分が平伏した蛇に「おいで」と声をかけた。すると10匹ほどの蛇が真下にやってきた。仔空が「ひいっ」と短く悲鳴を上げる。
林杏はつぶらな目の蛇たちを見つめた。
「そうか」
林杏は頭の中であることを思いついた。林杏は1匹の蛇を掴み、真正面に持ってくる。
「今から私たちが食べられる果物を探して持ってきて」
林杏は蛇を穴の外に向かって投げた。すると穴の外に着地した。林杏たちがこの穴で浮くことができる高さが決まっているのは、出られないようにするためだろう。しかし蛇は修行に参加しているわけではない。だから穴の外に出られるのではないか、と思ったのがだが、そのとおりで安心した。晧月と浩然がすぐに林杏の考えに気がつき、蛇を平伏させ、同じように命じて穴の外へ放り投げた。
仔空と可馨はそんな3人をぽかんと見つめている。そんななか、晧月が「あっ」と声を上げた。
「林杏、お前が平伏させた蛇に書くものを持ってこさせてくれ」
林杏は晧月の言う意味を、一瞬で察した。
蛇に書くものも持ってこさせる。そして5人分の
林杏は5匹の蛇を掴み、墨と筆と
「ねえ、さっきからなにしてるの?」
可馨に尋ねられ、林杏は自身の考えを説明する。ついでに晧月に書くものを持ってくる理由も答え合わせのために尋ねると、「おう、そうだ」と返事をもらえた。
「林杏は食べ物に対する執着が強いからな。わかってくれるだろうって思ってたぜ」
「一言余計ですよ」
林杏たちは蛇たちの帰りを待った。