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3.見せられない姿

 沈んでいた意識がゆっくりと浮上していく。すると誰かが喋っている声が聞こえた。林杏リンシンはゆっくりと目を開けようとしたが、なぜか開かない。

「あれ?」

「起きやがったか。……また面倒なときに」

 その声は晧月コウゲツではなかった。まったく誰か想像がつかない。体の後ろ側と目の上が温かい。どうやら抱きかかえられた状態で、誰かの手らしきもので目を覆われているようだ。

「えっと、どなた様で?」

「……浩然ハオラン。お前らのことが大嫌いな、な」

 浩然。林杏たちを睨み続けている黒い犬の獣人だ。予想していなかった人物に林杏は思わず心の声を口から出してしまった。

「え、な、なぜ?」

「そのなぜっていうのは、俺がお前たちを嫌っている理由なのか、お前を抱えてるのが俺である理由かなのかは知らんが、後者なら答えてやる。……白虎野郎がお怒りだ。今、お前を落とした奴にお灸をすえている。お前には見せるな、とのことだ」

「はあ? なんで?」

「見られたくないからだろ」

 お灸をすえる、の意味がわからない。林杏が男性と共に落ちたのは、腕力がないのと、男性が暴れるのを予想できなかったからであり彼のせいではない、と林杏は思っている。それにどうやら男性は蛇がとても苦手なようだ。それならばこの空間は耐えられないだろう。

 そんな男性に、友人である林杏には見せられないことをしているのか、晧月は。

(なによ、それっ)

 林杏は助けてもらった感謝より、怒りが湧いてきた。

「あの、ええっと浩然さん、でしたっけ。ちょっと耳塞いでおいてください」

「は?」

 浩然の反応など気にせず、林杏は大きく息を吸った。

「晧月さーんっ、私、起きましたっ。だから、友達に見せられないようなこと、しないでください。やるんなら見せれることやれーっ」

 自身の気持ちを言いきった林杏は、威勢よく鼻から息を吐いた。一拍の間が空く。すると「はっはっはっは」と晧月の大きな笑い声がした。

「違いねえ。……犬野郎、もういいぜ」

 すると目の上にあった圧迫感がなくなった。ゆっくり目を開くとそこには困ったように笑っている晧月がいた。

「頭に血が上っちまった」

「上っちまった、じゃありません。私のことを友達って言うんなら、友達に見せられないようなことは絶対しないでください」

「はい」

 晧月は浮いたまま、あぐらから正座になり姿勢を正す。

「私もそんなこと、望みません」

「はい」

「じゃあ、男性に謝ってきてください」

「それはやだ」

「はあー? どんなことをしたのかは知りませんが、私に見られたくないって思うようなことをしたんでしょう? そんなひどいことしたんだったら、ちゃんと謝ってきてください」

「やだ」

 拒否する晧月はどこか子どもじみている。そんな晧月に助け船を出したのは、意外にも浩然だった。

「それくらいにしておいてやれ。オレでも同じ立場なら、この白虎野郎と似たことをしている」

「でも……」

「お前は死にかけたんだぞ。もっと怒っていいだろ」

 浩然の言葉に林杏は首を横に振る。

「いや、あれは私にもっと腕力があれば問題ありませんでした。もっと鍛えておくべきでした」

「馬鹿なのか? 男女でどんだけ力に差があると思っているんだ」

「いいえ、きっと筋骨隆々になっていれば、今回のようなことは起こりませんでした。これからはもっと鍛えます」

「いや、筋骨隆々な女とか仙人より幻だろ」

 浩然と話していると、晧月がいきなり大声で笑い始めた。驚いた林杏は晧月のほうを向いてぽかんとする。

「やっぱり林杏はおもしれえなあ。……そうだな、今回は俺がやりすぎたかもな」

 晧月は腰を上げると、地面で縮こまっている男性のところに向かう。そして片膝をついて男性に頭を下げた。

「やりすぎたな、悪かった」

「ひっ、い、いえ、申し訳ありませんでした……。もう暴れません……」

 なんとなく男性が震えているように見えるが、気のせいだろうか。

 ふとあることに気がつく。晧月と男性の周りに蛇がいない。見ると蛇たちは、まるで晧月を避けるように1ヶ所に固まっている。まるで怖いなにかを見たかのように。

(本当に晧月さん、なにやったんだろう……)

 しかしこれは好機だ。今なら空中で冷静に今後のことを話せるだろう。

「ところでオレは宙に浮いたまま、いつまでお前を抱えとけばいいんだ?」

 浩然の言葉で林杏はようやく気がついた。

「す、すみませんっ。すぐに退きます」

 林杏は気を足元に集め、浩然の隣に浮く。晧月も男性とともに戻ってきた。残るはイタチ獣人の女性だけだ。林杏はその場でイタチ獣人の女性を呼んだ。

「あの、こちらに来ませんか? 今後のことを一緒に話し合いたくって」

「あー、実はねワタシ、飛ぶの苦手なんだ。だから長時間浮いていられなくって。でも崖や木に掴まっておくことは得意だから、このままでもいい?」

「いや、それはそれですごいと思うんですけど……。わかりました、じゃあそっちに行きますね」

 林杏たちはイタチ獣人の女性が掴まっている壁に近づいた。ようやく話し合う雰囲気になる。

「それじゃあ、この修行をこなすための方法を、考えましょうか」

 林杏の言葉に、全員が頷いた。


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