「え、あの、新たな修行って言ってましたよね? どういうことですか?」
「まあ、こんな風になってもおかしくはねえよな。初めて修行にきた奴らと俺たちじゃあ差があり過ぎる」
「前世で頑張ったからすぐに仙人になれると思ってたのに」
林杏は悔しさのあまり目をぎゅっと目をつむって下唇を噛んだ。そんな表情を見た晧月は「ははは」と笑った。
「そう甘くはねえってことだな」
「なんで晧月さんはそんなにしれっとしているんですかあ」
「そりゃあ、お前さんより年くってるからな。なんとなく予想できることもあるんだよ」
晧月の余裕のある笑みに林杏はまたぎゅっと目をつむって下唇を噛む。そんな林杏の表情がおもしろいのか、晧月はまた笑った。
「まあまあ、そんな顔すんなよ。とりあえず出るぞ」
「はい……」
林杏は奥歯をギリギリと噛みながら、晧月と共に建物を出る。
「今のお前さん、1人にしてたら奥歯なくなりそうだなあ。とりあえず食堂で喋るか」
「はいい……」
晧月の提案に林杏は奥歯を噛み続けながら返事をした。
食堂には厨房で働いている者たちを除いて、食事をする場所には晧月と林杏しかいない。晧月は逆さに積まれている湯呑みを2つ手にとると、壺に入っている水を杓子ですくい湯呑みに注いで運んできた。
「ほれ、とりあえず水飲んで落ち着け」
「はいい……」
林杏は湯呑みを受けとると、一気に水を飲んだ。悔しさが少し落ち着いていく。
「はー……。お恥ずかしいところをお見せしました」
「いや、おもしろかったから全然いいぜ。しっかし修行の内容までは想像できねえなあ」
晧月の言葉に林杏は頷く。前世では時間がかかったが、通常の修行のみでよかった。つまり通常の修行を行なえば本来は仙人になれるのだ。
(もしくは前世で劫に合格できないことを見越して、すべての修行をさせていない、とか? ……まさかね。そこまで意地が悪いってわけじゃないだろうし)
今の状態ならいくらでも悪いように考えられそうだ。林杏は考えるのをやめる。
「まあ、
「そうですか? 私は意外と多いんだなあって思いました」
「そうか。やっぱし人によって捉え方は違うもんだな」
そのとき1人の獣人が入ってきた。この食堂で働いているウサギの獣人だ。
「あら、あなたたち。今日は修行いいの? ああでも、すごく早いから、もう最終試験までいくんじゃない?」
林杏は再び奥歯を噛みしめる。そんな林杏を見てから晧月はウサギの獣人に、追加で修行があると発表された、と伝える。
「だから林杏の顔がおもしろくって」
「だって悔しいですよお……まだ修行が続くなんて聞いてませんよお」
「あなた、林杏っていうのね。私は
「あ、はいっ。よろしくおねがいします」
「じゃあ、私はこれで。追加の修業、がんばってね」
ウサギの獣人、荷花は厨房の中に入った。
「ほれ、元気出せって。な?」
「はいい……」
「だめだこりゃ」
その後も林杏は奥歯をぎりぎりと噛み続けた。
昼食後、林杏と晧月は再び金の像がある建物に向かう。追加の修業を言い渡されたときに比べ、林杏も落ち着いてきた。
林杏と晧月よりも先に
(大丈夫なのかなあ、この追加の修業……)
林杏がそんな風に考えていると、あとの2人もやってきた。しばらくして天佑が入ってくる。
「皆さん、揃いましたね。それでは修行の内容を説明します。まず修行の内容はとある山で1ヶ月過ごすこと、あるものを探し出し食すこと、穴の中でしばらく過ごすことの計3つです。食べるものはまた開始する際に説明しましょう。先ほど紹介したとおりの順番で修行を行なうわけではないので、勘違いしないように」
林杏は表情が歪みそうになるのを我慢した。
(せめて順番を教えてくれたら心の準備ができるのに)
林杏の気持ちを知ってか知らずか、天佑は全員に指示を出す。
「早速修行を開始します。移動するのでついてきなさい」
天佑はそう言って、入口のほうへ歩き出した。林杏や晧月を含め5人は天佑のあとをついていく。
そこは今までの修業で来たことがない建物だった。扉の蝶番はよく見ると蛇をかたどられている。
天佑に続いて建物の中に入ると、そこには大きな穴が開いていた。天佑は穴に近づく。
「皆さん、この穴の中を見てください」
その場にいる5人全員が穴を覗く。真っ暗で深そうだ。しかし耳をすますとカサカサと音が聞こえるような気がした。
すると背中にどんっと衝撃が走った。前に倒れていく。
(え?)
林杏はなんとか後ろをふり返る。するとそこには天佑がいた。右腕が伸びているということは、林杏の背中を押したのだろう。
(なんで押された? じゃなくって、落ちるっ)
林杏は無意識に右手を伸ばした。天佑がその右手を掴むことはなかった。落下していくなか、林杏は衝撃に備えて目を固く閉じた。