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28.え、今なんと?

 朝食前に林杏リンシン晧月コウゲツに頼みごとをした。その頼みごとを晧月は快く引き受けてくれた。

「そういうことなら林杏、先に姉貴さんの運上げとけ。今のままだと姉貴さん、路頭に迷っちまうぜ」

 晧月にそう助言され、林杏は朝食を手短に済ませ自室に戻ってきた。千里眼で姉を見る。ちょうど姉も朝食の時間のようだ。林杏は食事をしている姉の運の流れを見る。赤く流れているのが、姉の運だ。運の流れの速さは少々ゆっくりに感じられた。指先に気を集める。

(どうか、姉さんが前世の両親あのひとたちから離れても困ることがありませんように)

 林杏の指先の気が姉の体に吸い込まれていく。すると体を巡っている運の速度は上がり、色味も濃くなった。

(これでよし)

 林杏は千里眼を解き、晧月の部屋へ向かった。

 扉を3度叩く。

「晧月さん、林杏です」

 名乗るとすぐに扉が開いた。

「お、姉貴さんのほうは終わったか?」

「はい」

「んじゃ、次はこっちだな。入れよ」

 林杏は「失礼します」とあいさつをして、晧月の部屋に入った。

「いやあ、まさか姉貴さんと親を引き離すのに、前世のお前さんを売ったって事実で逮捕させようとは、考えたもんだな」

「以前の晧月さんの言葉を思い出しまして」

この道院の階段を上っているとき、晧月は「あんたの前世の両親をしょっぴくこともできるかもしれんが、どうする?」と言ってくれた。そのときの林杏は気が向いたら、と答え、本当はどうこうするつもりはなかった。

 しかし姉が幸せになるには、本当の意味で運を上げるためには、前世の両親と引き離さなければいけない。できれば永遠に。そこで林杏の前世、杏花シンファの人生を利用することにしたのだ。両親から老人に売られたという過去を。

 この国では人身売買は禁止されていて、科される罰も大変重い。一生牢獄暮らし、つまり終身刑が妥当だ、と晧月から教えてもらった。何代も前の帝の子どもが人身売買にあってしまったため、禁止されたらしい。ちなみに以前は死刑で、近頃ようやく刑罰が軽くなったそうだ。

「さーて、じゃあお前さんの前世の両親と、売られてからのことを教えてもらうぜ」

 晧月は筆と竹簡を机の上に用意し、林杏は彼の寝台に腰を下ろした。

 林杏は杏花としての人生のことを話した。感情は加えず、客観的な事実だけを話す。時折晧月から質問されることもあったが、林杏は正直に答えた。

「ふむふむ、なるほどな。でも年月経ってるから証拠は出にくそうだな」

「私の発言だけでは、やはり根拠が弱いですよね」

「いや、爺さんのところにいた下女から調べさせるわ。ほかの愛人たちは冥婚で亡くなってるだろうしな。それに最悪、自供させればいい」

 前世の両親が簡単に口を割るだろうか。そんな風に考えているのが伝わったのか、晧月は続けて言った。

「自供させる方法なんて、いくらでもあるんだよ」

 その目に浮かんだのは見たことのない光。暗く、狡猾さを含んでいる。林杏は普段の明るい晧月との差に背筋がぞくりとした。

「……なんてな。さて、と。じゃあ俺はこの竹簡を渡してくるわ。林杏は部屋に戻っときな」

「あ、は、はい。よろしくお願いします」

 林杏は立ち上がって頭を下げた。一瞬自分もついていったほうが追加の証言ができるのでは、とも思ったが、晧月の背筋が凍るような目つきが忘れられなかったので、大人しく待つことにした。

 自室に戻ると林杏は椅子に座り、ぼうっと考えた。

(あの晧月さんでも、あんなに怖い目つきするんだ。でもこれで姉さんが幸せになれる。運も上げたからあまり困らないはず。……あ、運を操作したこと、報告しなくちゃ)

 林杏は姉の運を操作するように指示してきた、天佑チンヨウを探しに部屋を出た。


 天佑に報告するとしばらく待機するように言われた。具体的に何日か指示されていないため、どう過ごすか考えたが答えは出なかった。

 天佑への報告の2日後、晧月が林杏の部屋を訪ねてきた。

「お前さんの前世の親だがな、無事逮捕できるぜ。今日にでも役人が立ち入り捜査するってよ。時間的にはそろそろだな。あの爺さんの罪も暴けそうだ。あんがとな」

「いえ、そんな。私のほうがお礼を言わなくちゃいけません。ありがとうございます」

「まあ、そういうわけだからまた姉貴さんの様子でも見てみな。ああ、あと俺も運の操作、したぜ。ほんじゃ、俺はこれで」

 晧月が部屋を去ると、林杏は早速千里眼を使った。

 前世の家を見ると役人たちが来て騒がしかった。前世の両親は激しく抵抗しており、役人たちに取り押さえられている。予想どおりだ。姉の様子を見ることにする。

 姉の部屋には2人の役人がいた。足を縛られた状態で座っている姉に事情を聴いているようだった。しばらくすると役人が姉の縄をほどき、移動させた。どうやら役所で詳しく事情を聴かれるようだ。

 ふと姉が空を見上げた。林杏と目が合う。偶然だろうか。いや、姉は生まれつき仙人の力を持つ存在、【】だ。林杏が千里眼を使っていることに気がついたのかもしれない。しかし今までは気づかれていなかったのに。心臓がどきりとしているなか、姉は柔らかい微笑みを浮かべて、役人のあとに続いた。

 千里眼で人の心を見ることまではできない。けれど表情から察するに、姉は嬉しいようだ。

(これから姉さんは幸せになる。そんな姉さんが、少しでも困りませんように)

 姉の姿がその場から見えなくなると、林杏は千里眼をやめた。


 次の日の朝。天佑に呼ばれ金の像がある建物に向かった。そこには晧月のほかに人間の男性が1人、イタチの獣人女性が1人、そして先日晧月と喧嘩になった犬の獣人——たしか浩然ハオランといったか——がいた。浩然はこちらを睨んできたが、気にしないようにする。

 天佑はやってくると1列に並んだ林杏たちの前に立った。

「あなたたちは試験に合格しました」

 天佑の言葉を聞いて林杏は身が引き締まる思いだった。

(これで、ごうの試験を受けられる)

 しかし天佑が続けて言ったのは、予想外の内容だった。

「よって、劫による転生者であるあなたたちには、新たな修行に参加してもらいます」

「「え?」」

 その場にいた半分以上が同時に間の抜けた声を上げる。しかし天佑の表情は変わらない。

「午後からは新たな修行について説明をします。昼食を終えたらここに来るように」

 天佑が去るなか、林杏は状況をすぐに飲み込めず、その場でしばらく突っ立っていた。


                         通常修業編・終わり


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