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26.どうしたいのか

 林杏リンシンは椅子に座ってずっと考えていた。どうすることが、姉にとって1番いいのか、わからなくなってきた。

(姉さんの運を上げるには……幸せにするには、前世の両親あのひとたちから引き離さなくちゃいけない。でもそうすると、姉さんはなんの力もないなかで、1人生きて行かなくちゃいけなくなる。それだけの力が姉さんにあるかどうか。……いや、多分ない。下手をすれば生きていくのにお金がいることもわかってないかも)

 姉のことを考えれば考えるほど、運の操作をどうすればいいかわからなかった。

 姉は今の人生で満足しているのだろうか。それとも外に飛び出したいと思っているのだろうか。はたまた、なにも思っていないのだろうか。まったくわからない。

(千里眼で心の中も見れたらいいのに)

 林杏は机に突っ伏した。

(自由だけど大変になるのが確実な人生と、衣食住はあるけど自由はない人生。どっちが幸せなんだろう)

 林杏はずっと姉のことを考え続けた。そのせいでろくに眠れなかった。


 翌日の朝、食堂に行くと晧月コウゲツから声をかけられた。

「うっわ、ひっでえ顔」

「考えてたら眠れなくなっちゃって」

「あーあー、お前さんは考えすぎなんだよ。……っていうか、そこまで考えて答えが出ないんだったら、姉貴さん本人に聞けばいいじゃねえか」

「へ?」

 晧月の提案に林杏はポカンとしてしまった。

「え、そ、それはなしでしょ」

「なに言ってんだ。禁止だって言われてないことはしていいんだよ。穴ついていかなくちゃな」

 晧月が悪い笑みを浮かべる。晧月は意外とずる賢い、と感じることがある。今のように。

(そうか、会いに行っても、いいのか)

 そう思うと問題は簡単に解決できるような気がした。姉の意思を参考にできるのならば、林杏も判断しやすくなる。

「ありがとうございます、晧月さん。ちょっと姉に会ってみることにします」

「おう。そうしな、そうしな。でもちょっと寝てからのほうがいいぜ。ひっでえ顔だから」

「そんなにひどい顔ひどい顔って言わないでくださいよ」

「いやあ、疲労感すげえ出てるからよ。飯終わったらちょっと寝な」

「じゃあ、そうします」

 林杏はいつもと違い干した果物から手をつけ、頭を働かせるための糖分を摂取した。


 朝食後、林杏は寝台に入り眠った。よっぽど気疲れしていたのか、夕食の鐘が鳴るまで起きなかった。

 夕食を食べ、さらに時間が経つのを待つ。もしも姉の生活が前世から変わっていないのなら、夜の11時には前世の両親は寝ている。両親が寝たくらいにこの道院を出発し、姉のところに向かえば、夜も深くなって皆眠っているだろう。

(姉さんはどう答えるだろう)

 しかし考えたところで答えは出ない。

 そのとき、自室の扉を3度叩く音がした。

「おーい、林杏、いるかー。晧月だ」

「あ、はい。今開けます」

 林杏は急いで扉を開けた。晧月の手にはいつぞやのように、ひょうたんと2つの湯呑みが握られていた。

「よう、姉貴さんのところにはもう行ったのか?」

「いえ、まだです。寝静まった頃にしようかと」

「なるほどな。見つかったら面倒そうだもんな。それじゃあちょっと付き合えよ、飲もう。今回はただの白湯じゃないぞ、飯のときの果物を水に漬けておいたんだ。味見したけど、けっこういいぜ」

 どうやら気を遣ってくれているようだ。林杏はその好意に甘えることにして、晧月を部屋に通す。湯呑みに甘い水が注がれると、晧月は椅子に、林杏は寝台に腰かけた。

「お、だいぶましな顔になったな。よかったよかった」

「ご心配おかけしました」

「ん。わかりゃあいいんだよ」

 晧月が湯呑みに口をつけると、林杏も水を飲んだ。甘く、ふんわりと果物の香りと味がする。

「おいしい」

「だろ。適当に作ったんだが、こいつはなかなかいいな。ちょくちょく作るか。でもなあ、漬けた果物が味しなくなるんだよなあ」

 晧月は両腕を組み、考えている。そんな晧月を見て林杏は微笑みを浮かべた。

 干した果物を漬けた水を少しずつ飲みながら、林杏は晧月と話すことにした。今は気を紛らわせたかった。

「晧月さんは試験、どうですか?」

「ん? まだ様子見ってところだな。俺の運の上げ下げは、大勢の未来がかかってるからな。ちょっと慎重になってる節があるな。俺もそろそろ腹あ括らなくちゃなあ」

 意外だった。晧月ならもうすでに試験を終えているものだと思っていたからだ。

(晧月さんでも迷うことあるんだ)

 すると晧月がじろりとこちらを見た。

「今なんか失礼なこと考えただろ?」

「い、いえ別に」

 林杏が首を横に振ると、晧月はしばらく見つめたあとに「まあ、いいけどよ」と自身の湯呑みに水を注いだ。

「林杏もいるか?」

「あ、じゃあいただきます。これ、おいしいです」

「口に合ってよかったぜ」

 晧月は嬉しそうに笑った。


 しばらく話し、ひょうたんの中に水がなくなった頃。

「んじゃあ俺は帰るわ」

「ありがとうございました」

「気をつけて行けよ。今日は三日月だから光が少ねえし」

「はい、ありがとうございます」

 晧月が部屋を去る。林杏は1度深呼吸をすると窓を開けた。紺碧の空には笑った口のような三日月が浮かんでいる。

「よしっ」

 林杏は足元に気を集め、空を飛んだ。目指すは姉のいる、前世の家。ここからなら明け方までには着くだろう。方角は今世の家とは反対だ。前世の記憶を頼りに林杏は空を進んだ。


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