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24.深緑のこと

 食堂の片づけが終わるころに、晧月コウゲツが戻ってきた。そして林杏リンシンと食堂勤めのウサギの獣人に近づいてきた。

「あの、用意してくれた食事、粗末にしてすいませんでした。暴れて申し訳ありません」

 晧月がウサギの獣人に頭を下げる。するとウサギの獣人は「あら」と少し驚いた声を出した。

「そんな風に謝りに来てくれた人は初めてだわ。食事を粗末にするのもそうだけど、女の子を悲しませないこと。この子、自分のせいだって責めてたんだから」

「う、林杏もすまねえ。カッとなっちまった」

「いえ、そんな。なんていうか、前世ではそんな風に言ってくれる人がいなかったので、少し嬉しい部分もあるんで、大丈夫です。私も止められなくって、すみません」

「いやいやいや、俺が熱くなっちまったのがいけねえんだ」

 そんな風に晧月と互いに自分が悪い、と言っていると、ウサギの獣人が笑った。

「あなたたち、いい組み合わせねえ。でも次に喧嘩するときは、食堂の外に出てちょうだいね」

「う、気をつけます」

 晧月が気まずそうに返事をした。

「あなたも手伝ってくれてありがとうね。おかげで早く片付いたわ。それじゃあ」

 ウサギの獣人は林杏に小さく手を振って、持ち場に戻った。

「……戻るか」

「そうですね」

 林杏と晧月はそれぞれの自室に帰った。


 自室に戻った林杏は寝台に腰かけたまま、ぼうっと自身の手の甲を見つめていた。

(……そろそろ覚悟を決めなくちゃ、だよね)

 いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。林杏は拳をつくり、ゆっくりと目に意識を集中しはじめる。懐かしい風景が見えてくる。周りよりも豪華で趣味の悪い家に、前世の両親と姉がいる。念のため、家の中もすべて見ておくことにした。下女が3人ほどおり、家具のあちらこちらに金が施されている。

 前世の両親はどこにいるのか、と探していると、金の彫刻をたくさん置いている応接間にいた。前世の両親の向かいには、何度もつくろったであろう服を着ている男性がいる。両者のあいだには細かい彫刻の机があり、その上には汚れた小さな袋が置かれている。

「これっぽっちの金銭で、病を治してもらおうなどと、なんと厚かましい」

「お願いします、すべてかき集めて、これなんです。どうか、どうか……妻と子どもを治してやってください。どうか、お願いしますっ」

 繕った服を着ている男性は土下座をした。しかし前世の父親はそんな男性を蹴飛ばす。

「ええい、帰れ帰れっ。お前らのような貧乏人なんぞ、死んで困る者なんぞおらんわ」

「こんなはした金、あたくしたちが受けとるはずないでしょう。誰か、この者を追い出してちょうだい」

 前世の母親がそう言うと、体格のいい男性が1人現れた。体格のいい男性は、繕った服を着ている男性を引きずり出した。

「おねがいします、どうか、どうか妻と子どもをっ」

 悲痛な声でされる懇願は届かない。前世の両親にとって、やはり姉は金づるなのだ。

 次に姉を見る。姉は部屋の中央の椅子に腰かけ、じっとしている。姉はここから動くことは許されない。部屋の中であろうと、外だろうと、歩いてはいけない。それは嫁ぎ先のことを考えて、というのが表向きの理由だ。

 林杏の前世の故郷では、嫁入り前の娘の足を縛り歩かないようにして、足の大きさを調整する風習があった。足の小さい娘のほうが農作業などをしておらず裕福である証拠だ、と考えているのである。

 しかし前世の両親の場合、【】である姉に逃げられないためであろう。金のなる木はなによりの宝なのだから。

 姉はじっとしている。まるで彫刻のように。なんの表情も浮かんでおらず、その心の中まで読みとることはできない。

 林杏はしばらく姉を見ることにした。運をどう操作するか決めるために。

 姉は前世の両親が、持ってきた金銭の額で治療するかどうか決めていることを、知っているのだろうか。それとも純粋に人助けと思って【生】の力を使っているのか。

 しばらくすると、姉の部屋の扉が開かれた。そこには前世の両親と1組の男女。男女の身なりは大変よく、絹を着ている。

深緑シェンリュよ、この者の病を治してやってくれ」

「承知しました」

 男女が姉の前で屈む。すると姉は「失礼します」と言って女性の胸もとを、次に頭、そして右腕に触れた。女性は体に変化があったからなのか、大変驚いている。

 次に男性の肩に触れた。

「病、というほどではありませんが、異変がありましたので。これでお2人とも問題ないはずです」

「「ありがとうございます」」

 前世の両親たちは「おお、なんと深緑は優しいんだ」と褒めているが、内心では余計なことをしたとでも思っているのだろう。姉が機嫌を損ねるとかねが入ってこなくなるので、表情には出さないようにしているようだ。

 4人が部屋から出ると、姉は小さく息を吐いた。

「よかった。これでまた元気になった人が増えた」

 どうやら姉は前世の両親が、多額の金銭を見返りとしてもらっていることを知らないようだ。


 林杏は千里眼を解く。

(はあ、なんだか疲れた)

 林杏は寝台に後ろ向きで倒れた。姉は最後に見たときに比べて大人の女性になっていた。老人に売られたのが前世で10歳のときだったので、当然ではある。

(姉さんはきっとなにもわかってない。お金のことも、前世の両親(あのひとたち)の本当の顔も。それなら……どうすればいいんだろう)

 林杏の心の中は正体不明の感情が渦巻いていた。


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