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21.深緑

 仙人ができることは様々なだがその中でも、もっとも人に影響があるのが、運の操作である。相手の運をよくすることも、悪くすることもできるため、いっそう慎重にならなくてはいけない。

「まずは目に意識を集中させます」

 今日の指導者は天佑チンヨウで、淡々と運の操作方法について説明をしている。

「そして運の操作をしたい相手を見ます。目の気の流れを変えましょう。そうすれば相手の運が見えるようになります。見えるようになったら指先にも気を集め、運を繋げるのです」

 どのように気の流れを変えればいいのか、運はどのような見た目をしているのか、などは説明されない。前世のころと同じような説明なので、どこの道院の指導者もわざとぼかして説明しているのだろう。

 この運を操作する修行は、様々な術を応用しなくてはいけない。遠くを見る千里眼、気の流れを変える女丹――といっても男性の場合は初めての試みだが――に、相手を操作する平伏の術。これまでの術のどれが欠けても、運を見ることも操作することもできない。

「それでは2人組になって互いに運を操作し、戻しましょう。始め」

 天佑が合図をすると、左隣にいた晧月コウゲツ林杏リンシンに近寄ってきた。

「組もうぜ」

「はい。よろしくおねがいします」

 林杏は晧月と向き合うと、目に気を集めた。普段の気の巡りは右回りだが、運を見るときは少し変わった流れにしなくてはいけない。まずは中央に気を集め、そこから上下に円の形3つずつに気を巡らせる。6つの気の円は少しずつ重なるようにするのがコツだ。すると晧月の全身を赤く光るものが巡っている。この赤く光るものが運だ。

(よし、第一段階はいけた。次が運の操作か)

 運は色が濃く流れが穏やかであるほど幸運で、色が薄く巡るのが速いと運が悪い状態だ。晧月の運は少し濃いように思えた。

(まあ、不幸にする意味もないし)

 林杏は指先に気を集め、運の流れに自身の気を少し流し込む。運がよくなるように、と念じながら。すると晧月の運の色が濃くなった。

(よし。ここから運を戻す、と)

 林杏は晧月の運の中から、自身の気を吸いとった。すると晧月の運の色の濃さが元に戻った。

(よし、できた)

 晧月を見ると、少し手こずっているようだ。男性は女丹を修めていないので、やはり感覚が掴みにくいのだろう。林杏が1分ほど待っていると、晧月が「よし、終わったっ」と両腕を上げた。

「あー、やっぱり運見るの苦手だ。林杏はよくそんな早くできたよな」

「我々女性は女丹で似たようなことしますからね」

 そのとき2度、手を叩く音がした。

「運の操作ができた者は、今から私のところに来なさい。試験の相手の名前を伝えます。試験は指定した人物の運を操作すること。運を上げるか、下げるかは問いません」

 林杏は晧月と共に、天佑の元に向かった。

 自分の順番がやってくる。誰の名前を呼ばれるか緊張しているなか、天佑が口を開く

深緑シェンリュという人物の運を操作しなさい。次」

 まさか、その名前を呼ばれると思っていなかった林杏は、どんな表情をすればいいかわからないまま、真横に移動し列から外れる。

「おい、林杏。どうかしたのか?」

 同じように列から外れた晧月に声をかけられた。どう返答すればいいか迷っていると、なにかを察したのか晧月は「こっち行こうぜ」と、建物の外へ連れ出してくれた。

「どうしたんだ、林杏。また知ってるやつだったのか?」

「ええ。実は……前世の姉だったんです」

「ほう、姉貴か」

「姉は【】でした。姉を頼って様々な人がやってきたんですが、それを利用して両親は献金させていました。そして両親にとって大切なのは金に化ける姉で、普通の人間である私は奴隷のように働かされました」

「なるほどな。たしかにそれは微妙な気持ちになるわ」

「昔は姉とも普通に話していたような気がするんですが、あるときからなぜか両親のようにきつく当たられるようになって。理由はまったくわからないんですけど」

 晧月の表情が険しくなる。

「それで前世の両親は、林杏をあの爺さんに売った、と」

「まあ、そうですね。それで亡くなったんですが、冥婚を迫られてしまいまして」

「回避するために仙人を目指した、と」

「はい。不純な動機ですけどね」

「なに言ってんだ。理由なんざなんでもいいんだよ。それに道院の役割としても正しいしな」

「道院としての役割?」

 首を傾げる林杏に晧月は頷くと、詳しく説明を始めてくれた。

「道院はたしかに仙人を目指すための修行をする施設だ。でも昔は困った人間の駆け込み先だったんだ。配偶者から暴力を受けていたり、人身売買から逃げ出したりした人たちのな。そこで本当に仙人を目指すようになる人もいれば、そのまま手伝いをしてるって人もいたんだと」

「へえ。晧月さんは本当にいろんなことをご存知なんですねえ。すごいです」

「へ。あ、え、えっとー、そうでもねえよ、はははは」

 晧月はぎこちなく笑った。以前にも同じようなことがあったのを思い出す。

「とりあえず、姉貴さんの今の状況を見るのはどうだ? そこからどれだけ下げるか決めればいいんだ」

「下げるの前提なんですね」

 しかし晧月の言うことも一理ある。運をどのように操作するのか、状況を知らなければ決められない。

「ただまあ、ちょっと休んだほうがいいぜ。すげえ顔色悪いし」

「ありがとうございます。……そうですね、少し休んできます」

 晧月に頭を下げ、林杏は自室に戻った。

 自室に着くと、林杏は寝台に寝転んだ。

(姉さん……まさかこんな形で関わることになるなんて)

 林杏は複雑な気持ちのまま、目を閉じた。


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