気が滞っているところを治した
「よし、これで大丈夫だと思う。動ける?」
林杏に尋ねられ、父親はゆっくり立ち上がると、その場で足踏みをしたり、足首を揺らしたりし始めた。表情が明るくなっていく。
「まったく痛くない。林杏、どうやったんだい?」
気などの説明が面倒くさくなった林杏は「修行の成果」とだけ答えた。
「林杏、お前本当に仙人になっていってんだな」
「ありがとう、林杏。もしもお父さんがいなくなったらって思うと、母さん、すごく怖くなったの。本当にありがとうね」
「私も、怖かった。父さんが死んだらどうしようってなったんだけど、一緒に修行してる人が励ましてくれたんだ」
林杏が
「林杏、いつまでいられるんだ?」
「えっと、すぐに戻らないといけないと思う。これも修行の1つだから」
「まあまあ、そんなこと言わずに今日くらい泊まっていけばいいのに」
母親の甘い言葉に林杏の心が揺れ動く。久々の母親の優しい味の手料理。積もる話もたくさんある。
(でも父さんと母さんの生活が、私のせいで変わってしまったら。私が父さんの病気を治したことを聞いた村の人たちが、治してくれって言って、お金を持ってきたら。|前世の親《あのひとたち》のようになってしまってからじゃだめだ)
林杏はゆっくり首を横に振った。両親と星宇は残念そうな表情を浮かべている。
「林杏、せっかくだからお茶くらい飲んでいきなさい。母さん、星宇くんの分のお茶も用意してくれ」
「おじさん、あれでしたら俺、家に戻っておきますよ。親子水入らずのほうがいいでしょ」
「いやいや、きみも林杏と会いたがっていたじゃないか。4人で茶を飲もう」
父親の予想外の言葉に、林杏は2、3度瞬きをしてから星宇と見る。星宇は照れくさそうに視線をそらした。
「へえ、そうなんだー」
「うるさい、こっち見んな」
「ちょっと待っててね林杏、星宇くん。すぐにお茶用意するからね」
そう言って母親は湯を沸かしはじめた。
林杏は父親のほうを見る。
「父さん、あれから体に違和感はない?」
「まったくないさ。すごいなあ、林杏は。仙人の修行はどんなことをしているんだい?」
林杏は呼吸や瞑想の仕方が複数あることや、食べている食事の内容などについて話した。すると父親は「ならお茶だけじゃなくって、食事もしていきなさい」と言ったが、修行を言い訳に断った。
母親が4人分のお茶を運んできた。それぞれの前に置かれる。
「そうだわ。さっき話していた、林杏を励ましてくれたのってどんな人なの?」
母親の問いに林杏は、晧月の顔を思い浮かべながら説明する。
「白虎の獣人で、なんか不思議な人」
意外と寂しがりや、という言葉は晧月の面子のために黙っておくことにした。
改めて尋ねられると、林杏は晧月のことをあまり知らないことを再認識する。家族構成や友人の話を聞いたことがない。以前の仕事はなにをしていたかも知らない。
(まあ、修行のあいだしか付き合いないだろうし、別にいいか。本人も話したくないかもしれないし)
林杏はお茶の風味を味わいながら、両親と星宇との会話に花を咲かせた。
林杏は空になった湯のみを置いて、顔を上げる。
「じゃあ私、そろそろ行くね」
林杏の言葉を聞いた両親は寂しそうな表情を浮かべる。
「またいつでも帰っておいで」
「そうよ、ここはあなたの家なんだから」
両親が林杏を抱きしめた。久しぶりの温もりが心地よく、林杏はしばし両親の腕の中に収まっていた。
両親と星宇も共に外に出てきてくれた。林杏は足元に気を集め、宙に浮かぶ。そして道院に帰った。
道院に帰り、女性の指導者に父親に治療を施したことを報告する。
「よくやった。今日の夕食後の修行は休んでいい」
「ありがとうございます。あのお聞きしたいことがあるんですが、いいでしょうか」
「なんだ?」
「あの、自分以外の気を受けつけられない人はいるんでしょうか?」
林杏は父親を治していたときのことを話した。すると女性の指導者は頷きながら、林杏の話を聴いてくれた。
「そういえば、ごく稀に話してくれたような体質の者がいるらしいな。そんななか、よく対処した。ゆっくり休め」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
頭を下げてから女性の指導者の前を去る。夕食まではまだ時間があるので、自室に戻ることにした。
林杏は寝台に腰を下ろしてから後ろ向きに倒れた。
(父さんを治せてよかった。……しまった、母さんの気の巡りも見ておけばよかった)
母親は基本的にはいつもにこにこしているので、自身の調子を面に出さない恐れがある。
(そういえば晧月さん、もう戻ってるのかな。お礼言わなくちゃ)
そんな風に考えていると、瞼が重くなってきた。
(ああ、でも今寝ちゃったら夕食食べ損ねちゃう。起きよ)
なんとか重い体を起こしたが、どうやって時間を潰すか思いつかない。前世ではいくらでも時間を潰せていたような記憶がある。
(なにしてたんだっけ。……ああ、修業の練習か。うまくいかないやつとか。でも今は大体できてるしなあ)
ふと扉を見る。いつもなら晧月が声をかけてくるだろうが、今回はその気配がない。
(晧月さん、時間かかってるのかな。誰を助けるように言われたんだろう。いまいち想像つかないけど)
牛車で初対面の林杏に話しかけてくるほど、社交性があり寂しがりやなのだ。顔は広そうである。挨拶まわりをしているせいで時間がかかっている可能性もある。
(まあ、心配しなくて大丈夫か)
林杏は夕食の時間まで、どう時間を潰すか再び考えはじめた。