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20.幸せなひととき

 気が滞っているところを治した林杏リンシンは、最後に父親の気の流れを確認した。全身に気が巡っているが、止まりそうところを数ヵ所見つけたので、それらの気も整える。

「よし、これで大丈夫だと思う。動ける?」

 林杏に尋ねられ、父親はゆっくり立ち上がると、その場で足踏みをしたり、足首を揺らしたりし始めた。表情が明るくなっていく。

「まったく痛くない。林杏、どうやったんだい?」

 気などの説明が面倒くさくなった林杏は「修行の成果」とだけ答えた。

「林杏、お前本当に仙人になっていってんだな」

 星宇シンユーの言葉に林杏は小さく頷いた。すると母親が林杏の手をとった。

「ありがとう、林杏。もしもお父さんがいなくなったらって思うと、母さん、すごく怖くなったの。本当にありがとうね」

「私も、怖かった。父さんが死んだらどうしようってなったんだけど、一緒に修行してる人が励ましてくれたんだ」

 林杏が晧月コウゲツのことを話そうとしたとき、星宇が尋ねてきた。

「林杏、いつまでいられるんだ?」

「えっと、すぐに戻らないといけないと思う。これも修行の1つだから」

「まあまあ、そんなこと言わずに今日くらい泊まっていけばいいのに」

 母親の甘い言葉に林杏の心が揺れ動く。久々の母親の優しい味の手料理。積もる話もたくさんある。

(でも父さんと母さんの生活が、私のせいで変わってしまったら。私が父さんの病気を治したことを聞いた村の人たちが、治してくれって言って、お金を持ってきたら。|前世の親《あのひとたち》のようになってしまってからじゃだめだ)

 林杏はゆっくり首を横に振った。両親と星宇は残念そうな表情を浮かべている。

「林杏、せっかくだからお茶くらい飲んでいきなさい。母さん、星宇くんの分のお茶も用意してくれ」

「おじさん、あれでしたら俺、家に戻っておきますよ。親子水入らずのほうがいいでしょ」

「いやいや、きみも林杏と会いたがっていたじゃないか。4人で茶を飲もう」

 父親の予想外の言葉に、林杏は2、3度瞬きをしてから星宇と見る。星宇は照れくさそうに視線をそらした。

「へえ、そうなんだー」

「うるさい、こっち見んな」

「ちょっと待っててね林杏、星宇くん。すぐにお茶用意するからね」

 そう言って母親は湯を沸かしはじめた。

 林杏は父親のほうを見る。

「父さん、あれから体に違和感はない?」

「まったくないさ。すごいなあ、林杏は。仙人の修行はどんなことをしているんだい?」

 林杏は呼吸や瞑想の仕方が複数あることや、食べている食事の内容などについて話した。すると父親は「ならお茶だけじゃなくって、食事もしていきなさい」と言ったが、修行を言い訳に断った。

 母親が4人分のお茶を運んできた。それぞれの前に置かれる。

「そうだわ。さっき話していた、林杏を励ましてくれたのってどんな人なの?」

 母親の問いに林杏は、晧月の顔を思い浮かべながら説明する。

「白虎の獣人で、なんか不思議な人」

 意外と寂しがりや、という言葉は晧月の面子のために黙っておくことにした。

 改めて尋ねられると、林杏は晧月のことをあまり知らないことを再認識する。家族構成や友人の話を聞いたことがない。以前の仕事はなにをしていたかも知らない。

(まあ、修行のあいだしか付き合いないだろうし、別にいいか。本人も話したくないかもしれないし)

 林杏はお茶の風味を味わいながら、両親と星宇との会話に花を咲かせた。

 林杏は空になった湯のみを置いて、顔を上げる。

「じゃあ私、そろそろ行くね」

 林杏の言葉を聞いた両親は寂しそうな表情を浮かべる。

「またいつでも帰っておいで」

「そうよ、ここはあなたの家なんだから」

 両親が林杏を抱きしめた。久しぶりの温もりが心地よく、林杏はしばし両親の腕の中に収まっていた。

 両親と星宇も共に外に出てきてくれた。林杏は足元に気を集め、宙に浮かぶ。そして道院に帰った。


 道院に帰り、女性の指導者に父親に治療を施したことを報告する。

「よくやった。今日の夕食後の修行は休んでいい」

「ありがとうございます。あのお聞きしたいことがあるんですが、いいでしょうか」

「なんだ?」

「あの、自分以外の気を受けつけられない人はいるんでしょうか?」

 林杏は父親を治していたときのことを話した。すると女性の指導者は頷きながら、林杏の話を聴いてくれた。

「そういえば、ごく稀に話してくれたような体質の者がいるらしいな。そんななか、よく対処した。ゆっくり休め」

「はい、ありがとうございました。失礼します」

 頭を下げてから女性の指導者の前を去る。夕食まではまだ時間があるので、自室に戻ることにした。

 林杏は寝台に腰を下ろしてから後ろ向きに倒れた。

(父さんを治せてよかった。……しまった、母さんの気の巡りも見ておけばよかった)

 母親は基本的にはいつもにこにこしているので、自身の調子を面に出さない恐れがある。

(そういえば晧月さん、もう戻ってるのかな。お礼言わなくちゃ)

 そんな風に考えていると、瞼が重くなってきた。

(ああ、でも今寝ちゃったら夕食食べ損ねちゃう。起きよ)

 なんとか重い体を起こしたが、どうやって時間を潰すか思いつかない。前世ではいくらでも時間を潰せていたような記憶がある。

(なにしてたんだっけ。……ああ、修業の練習か。うまくいかないやつとか。でも今は大体できてるしなあ)

 ふと扉を見る。いつもなら晧月が声をかけてくるだろうが、今回はその気配がない。

(晧月さん、時間かかってるのかな。誰を助けるように言われたんだろう。いまいち想像つかないけど)

 牛車で初対面の林杏に話しかけてくるほど、社交性があり寂しがりやなのだ。顔は広そうである。挨拶まわりをしているせいで時間がかかっている可能性もある。

(まあ、心配しなくて大丈夫か)

 林杏は夕食の時間まで、どう時間を潰すか再び考えはじめた。


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