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19.里帰り

 しばらく飛んでいると、見覚えのある村が見えた。

(着いた)

 この時間ならまだ畑にいるだろう。林杏リンシンは畑へ飛んだ。

 真下の畑を見ると、3人の影が見える。おそらく両親と星宇シンユーだ。

 林杏は高度を下げながら、3人に声をかけた。

「父さん、母さん、星宇」

 3人は左右前後を見回している。

「こっちこっち、上だよ」

 3人は林杏の言葉どおり、上を向くと目を丸くしている。

「り、林杏か? い、今、空から来なかったか?」

 父親の言葉に林杏は頷く。母親も星宇も混乱しているようだ。林杏が仙人の修行で空を飛ぶ修行をすることを簡単に説明すると、戸惑いながらも納得しようとしていた。

「それで、今日はどうしたの? 何日いられるの?」

 母親の質問には答えず、林杏は父親のほうを見た。

「父さん、最近調子がよくないんじゃない?」

 林杏の言葉に母親と星宇が驚いた表情を浮かべ、父親のほうを見た。父親は気まずそうに視線をそらした。

「そうなの? あなた」

 母親の問いに、父親は観念したかのように頷いた。

「足が動きにくくなってきて。最初は年のせいだと思った。でも今度は手が痺れてきたり、食欲がなくなったりしてきたんだ」

「だから最近、よく食事を残していたのね。どうして言ってくれなかったの?」

 母親の言葉に父親はぽつりと返した。

「怖かったんだ。もしも重い病だったら、って思った。でも大丈夫、すぐによくなるって信じたかったんだ」

 父親の声は震えていた。林杏は父親に近づき、手をとった。

「大丈夫だよ、父さん。私が治すから」

「治すって、どうするんだよ?」

 星宇の質問に林杏は短く答える。

「気を整えるの。父さん、治すから家に行こう」

 林杏は父親を連れて、家に向かう。母親と星宇もついてきた。

 家の中に入り父親に座ってもらうと、林杏も向かいに腰を下ろした。父親の少し後ろで母親と星宇が心配そうに見つめている。

 林杏は目に意識を集中する。足、胃の辺り、頭の気が滞っている。

(まずは頭の気から整えよう)

 林杏は父親の額に触れた。絡まった糸のように滞っている気をほどく。あちらを動かせばこちらが滞る、という状況のなか、林杏は落ち着いて気を元に戻していく。

 頭の気を元どおりにすると、次は胃の辺りへ移る。

(胃の気が滞っているってことは、胃に原因があるってこと? 胃のどこだ?)

 林杏は目を凝らす。すると胃のまんなかに、墨で塗りつぶしたかのような、気の滞りを見つけた。なんとかほどこうとするが、まるでしっかり手を握り合っているかのように固く絡まっている。滞っている気は無理やり動かそうとすると、かえって症状が悪化する可能性がある。林杏は頑固な気の滞りに、自身の気を少量流し込む。すると本来なら緩むはずの気の滞りが、さらに強く絡まった。

(なんで? ……もしかして、ほかの人の気に対して拒否反応が出てる? そんなことってあるの?)

 林杏は前世を含めて指導された内容を思い出すが、そのようなことを言われた覚えがない。

(どうすれば……)

 林杏は下唇を軽く噛んだ。このままでは父親の病状は悪化してしまう。

(そんなの嫌だ。なにか、なにか方法があるはず……)

 ふと、前世の姉を思い出す。彼女は生まれつき仙人の力を持った存在、【生】(き)だった。前世の姉はどのような病でも治していた。

(いったいどうやって?)

 父のように、ほかの人の気に対して拒否反応がある相手にどうしていたのか。前世の姉に治せない人がいた、とは聞いたことがない。そんなことがあれば、前世の両親が黙っていないだろう。

(なら仙人の修行で学んだことで解決できるはず。あの人はいったい、どうやって病気を治してたんだ?)

 林杏はこれまでの修行内容を思い出していく。呼吸法、瞑想方法、食事、療養。

(療養。あの修行のときは、気をなんとか整えてから丹を飲んだんだっけ。……そうか、丹だ。父さんに丹を飲んでもらってから、もう1度試してみよう)

 林杏は1度父親から離れ、自身の手のひらに気を集める。必要な丹は胃の調子を整えるもの。小指の爪よりも小さな丸薬を生み出す。

「父さん、これを飲んでみて」

「あ、ああ」

 父親は林杏から丹を受けとり、飲み込んだ。林杏は改めて父親の気の流れを見た。一見すると胃の辺りの気は変わっていないように感じるが、よく見ると滞っているところに僅かな隙間ができている。

(この隙間から気をほどければ)

 林杏は慎重に絡まっている気を整えていく。すると少しずつ気の絡まりがほどけていった。

(もう少し)

 自然と全身に力が入る。ゆっくり、ゆっくり。そして気が滞っているところを様々な方向に動かし、ほどいた。胃の辺りに気が流れていく。

(やった)

 父親の顔をちらりと見る。表情が少し緩んでいる気がする。

(よし、最後に足)

 林杏は父親の足の気の流れを見た。思わず目を見開く。

(嘘。胃の辺りより気の滞りがひどい。このままじゃ、歩けなくなっちゃう。絶対によくしないと)

 今度は足の調子を整える丹を作り、再び父親に飲ませた。1錠では気の滞りが改善されなかったので、もう1錠飲んでもらった。すると気の滞りが少しましになった。

(よし、少し隙間ができた。これなら……)

 林杏は父親の足に触れた状態で、気の流れを整えた。


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