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15.内丹術の試験

 金の像がある建物に向かうと、先程の犬の獣人以外に、人間の男性と獣人の女性がいた。

 天佑チンヨウが入ってくる。全員が横1列に並ぶと、天佑から丸く畳まれた竹簡が渡された。中身が見えないようにひもで閉じられている。見たところそれほど新しくはないようだ。

「その竹簡に課題が書かれています。課題に例外はありません。制限時間は1時間。それでは、始め」

 天佑の合図で全員が一斉に竹簡のひもをほどき、中を確認する。

『すべての丹を100個ずつ作り出せ』

 林杏は二度見した。

(前世のときと数が違う。あのときはすべての丹を10個ずつだったのに。1時間以内に全部で1200個? 本当に?)

 林杏は手を挙げて尋ねようと思った。しかしふと思い出す。天佑はこう言っていた、例外はないと。

(本気? すべての丹を1つずつ作るのにだいたい5時間くらいかかるのに)

 林杏はちらりと隣にいる晧月を見た。晧月も戸惑っているようだ。

 しかし時間は刻一刻と過ぎていく。このまま何もしなければ試験に不合格となってしまう。

(やるしかないっ)

 林杏は覚悟を決めた。気を手のひらに集め、小さく固める。

(1つずつじゃ間に合わない。なんとか1度に2つ以上作らなくちゃ)

 林杏は手のひらの気を2つに分けて固めようとする。しかしうまくまとまらない。

(固まれ、いいからっ)

 なんとか2粒の丹を作り出した。

(2個ずつじゃ絶対に間に合わない。10個くらい作らないとだめな気がする)

 手のひらに意識を集中する。しかし焦っているせいか、なかなかうまくできない。なんとか丹として形になるのは10個中5つが限界だった。しかも出来はあまりよくなく、数として認められない可能性もある。そうなると作ったのにも関わらず、定められた数に足りない状態となってしまう。

(待て、落ち着こう。まずは残り時間……大体50分として、50分で1200個を作るには……1分でええっと、24個。1分で24個を作るには、1秒にだいたい3個。丹を作り出すのに、早くて5秒。つまり、1度に15個も作らなくちゃいけない)

 無理だ。林杏は力なく腕を下ろした。1秒に10個以上の丹を作り出せるほど、内丹術が得意なわけではない。

(なんで急にこんなにも試験が難しくなった? 転生者だから?)

 前世での試験を思い出す。1時間以内に120個の丹を作るのが大変だった。しかし今回は前世の記憶もあり、感覚も思い出せたので、できるだろうと思っていた。それなのに。

(|劫《ごう》以外の試験は何度でも受けられる。それなら練習してから……。そうだ、晧月さんは?)

 林杏は隣の晧月を見た。すると晧月は目を見張る速度で1つずつ丹を作っていた。晧月は諦めていない。

(そうか、1度に作る数を増やしたんじゃなくて、1個にかける時間を短くしたんだ。……そうだ。まだ時間はある。晧月さんだって諦めてないんだ。早々に諦めてどうするっ)

 しかし、どのようにすれば、短い時間で丹を作れるだろうか。

(そうだ、気が手のひらに集まってから丹にするんじゃなくて、手のひらに出てくるときには丹ができてるようにしてみよう。……気、滞らないかな。でもあとで治せばいい。今は試験に合格することが大事だ)

 林杏は気を手のひらへ流しながら、丹を練ってみる。体の中に丸いものが通る感覚がして、手のひらに丹が現れた。

(いける。この方法でとにかく丹を作るんだ)

 体の左半分は気が巡っているが、右肩辺りにくると丹へ姿を変えさせる。林杏は目の前の丹作りに集中した。


 体から最後の丹が出た直後、天佑が「そこまで」と終了の合図を出した。

「それではこれより審査を行います。決して動かぬよう」

 天佑はそう言うと、自身の体から4人の分身を作り出した。天佑本人とその分身たちは受験者の前に来ると、できた丹の数と質を確かめはじめた。男性と獣人の女性は初めて分身の術を見たのか、目を丸くしている。前世で分身を作り出す修行もしたことがある林杏は、とくに驚きはしなかった。

 天佑の分身は林杏が作り出した丹を数えている。

(数はなんとか間に合った、はず。最初にまとめて作ったやつは質がよくない可能性がある)

 心臓の音がうるさい。天佑の分身は本人に向かって首を縦に振ると、姿を消した。天佑本人のもとに戻ったのだ。すべての分身が戻ると天佑が口を開いた。

「ここにいる者はすべて合格とします」

 林杏はほっとすると、じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。

 天佑が立ち去ると、ほかの受験者たちも出ていった。晧月が「なあ」と話しかけてくる。

「お前作る丹の数、いくつだった?」

「すべての種類を100個ずつでした」

「やっぱりか。前世のとき、あんなに多くなかったよなあ。まあ合格したからいいんだけどよ」

「なかなか無茶苦茶な試験でしたね」

 林杏は溜息を吐く晧月を見つめて、頭を下げる。

「晧月さん、ありがとうございました」

「へ? 俺なんもしてねえけど?」

 林杏は首を傾げる晧月と共に建物を出ていった。


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