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8.道院到着

 階段を上がりきると、1人の男性が立っていた。目つきが鋭く、厳格な印象を与えるその男性は、林杏リンシン晧月コウゲツを交互に見ると口を開いた。

「よくいらっしゃいました。仙人の修行希望の方ですね。どうぞこちらへ」

 林杏と晧月は男性についていく。すれ違う修行者たちは、男性に頭を下げている。

 案内されたのは、金色の像が置かれている建物だった。前世でも同じような場所に通されたので、どの道院でも客間の代わりにしているのかもしれない。

 男性に座るよう言われ、林杏と晧月は横に並んで腰を下ろした。2人の向かいに男性が座る。

わたくしはこの道院の責任者である、天佑チンヨウと申します」

「林杏です」

「晧月です」

 それぞれ名乗ると、天佑は表情を変えずに言った。

「お二方はごうによる転生者ですね」

「え、なんでわかったんですか?」

 林杏は驚きのあまり、つい尋ねてしまった。すると天佑は気を悪くした様子もなく答えてくれた。

「初めて道院にきた者は、もっと気が乱れていますから。どれだけ普段どおりに見せようが、気の流れは嘘をつきません」

 晧月は隣で「なるほどな」と納得していた。

「前世で説明をされているかと思いますが、お話したほうがいいですか?」

「俺は大丈夫です」

「私も、大丈夫です」

「わかりました。少々お待ちを」

 天佑は立ち上がると、入口の側にある鈴についている紐を引っ張った。カランカランッ、と意外にも大きな音がして、林杏は少し驚いた。

 すぐに小柄な猫獣人がやってきた。

「新しい方が2人いらっしゃいました。部屋の用意を」

「承知いたしました」

 猫獣人は小さく頭を下げ、すぐに立ち去った。天佑が立ったままこちらを向く。

「敷地を案内します。こちらへ」

 林杏と晧月は立ち上がると、天佑のあとに続いた。

 客間代わりの建物を出て、右に曲がるとすぐに朱色の柱に緑色の屋根でできた建物に出る。

「こちらが主な修行場です。それから先ほどの建物も、修業で使います」

 窓のすき間から修行をしている様子が見える。人間の男性だけでなく、女性や獣人もいるようだ。

 付近にある2つの修行場の場所を教えられると、敷地の奥にあたる場所に移動する。そこには、修業場に比べて小さな建物がぽつんとあった。

「こちらが劫を行なう場所です」

 劫。前世での焦りを思い出す。真っ白でいつ出られるかわからず、時間の流れがわからない不安。林杏は劫の建物を睨んだ。

(今度こそ絶対合格して、ゆったり静かに暮らすんだから)

 林杏は天佑に声をかけられ、その場を去った。

 修行場から少し離れた、2階建ての横長で四角い建物に移動してきた。

「こちらが共同宿舎です。それから左側にあるあそこが食堂です。食事の際には敷地内の鐘が鳴らされます。それではお二方の部屋に案内しましょう」

 まずは林杏の部屋だ。1階の左半分あたりに位置している。

「今日の夕食後から修行に参加してください。机の上にある服を着てくるように。それまでは休んでいただいてけっこうです」

「わかりました。ありがとうございます」

「林杏、あとでな」

「はい、晧月さん。またあとで」

 林杏は頭を下げてから、部屋の扉を閉じた。

 前世のときに滞在した道院と似たような雰囲気で、衣類を入れる引き出しに寝台、机と椅子しかない。ただ窓は大きいので日差しはたくさん入りそうだ。

 林杏は荷物を机の上に置き、与えられた服に着替える。白と黒が使われた、仙人の修行をする者全員が着る服だ。着替え終わると寝台の上に体を横たわらせる。

(これからまた修行が始まるのか)

 そういえば前世で修行をしていたとき、なかなか感覚が掴めず、きちんと言語化をしてほしいと何度も思ったものだ。

 柔らかい日差しに当たっていると、瞼が重くなってくる。

 そのとき扉を小さく叩く音がした。上半身だけ起こし返事をすると、晧月が入ってきた。

「よっ」

「え、あとでって言いませんでした?」

「ん? あとでって言ったから、来たんだぜ?」

 想像していた時間にずれがあったようで、林杏と晧月は互いに首を傾げた。

「まあ、いいじゃねえか」

「いや、ちょっと休もうと思ったんですけど」

「おう、じゃあ休みながら喋ろうぜ」

「いや、それじゃあ休んでないじゃないですか」

「大丈夫、大丈夫」

 晧月は椅子に座り、林杏のほうを見て言った。

「いや、私は大丈夫じゃないんですけれども」

 林杏がそう言い返すも、晧月は気にしていないようだった。頬杖をついてこちらを見ている。

「ぽつんと部屋に1人いても退屈じゃねえか。ほら、寝転んどけ」

 どれだけ言っても晧月が自身の部屋に戻る気配はない。林杏は言葉に甘えて寝転び、諦めてお喋りに付き合うことにした。

「それで、どんなこと喋りたいんですか?」

「なーんだっていいんだよ。林杏と話すなら」

「なんですか、それ……。私はおもしろい話題なんて出せませんよ」

「じゃあ、今世の故郷の話でもしてくれよ」

「大して特徴がある村でもないですよ。普通の農村です。ああ、でもとても鳥好きな友人がいて、初めて出会ったのも山の中で……それで……」

 ちょうど日光で体が温まってきたのだろうか、再び瞼が重くなってきた。しかし人がいる前で眠るなどという、失礼なことをするわけにはいかない。なんとか瞼を持ち上げようとするが、なかなか言うことを聞かない。気がつくと林杏の視界は真っ暗だった。


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