階段を上がりきると、1人の男性が立っていた。目つきが鋭く、厳格な印象を与えるその男性は、
「よくいらっしゃいました。仙人の修行希望の方ですね。どうぞこちらへ」
林杏と晧月は男性についていく。すれ違う修行者たちは、男性に頭を下げている。
案内されたのは、金色の像が置かれている建物だった。前世でも同じような場所に通されたので、どの道院でも客間の代わりにしているのかもしれない。
男性に座るよう言われ、林杏と晧月は横に並んで腰を下ろした。2人の向かいに男性が座る。
「
「林杏です」
「晧月です」
それぞれ名乗ると、天佑は表情を変えずに言った。
「お二方は
「え、なんでわかったんですか?」
林杏は驚きのあまり、つい尋ねてしまった。すると天佑は気を悪くした様子もなく答えてくれた。
「初めて道院にきた者は、もっと気が乱れていますから。どれだけ普段どおりに見せようが、気の流れは嘘をつきません」
晧月は隣で「なるほどな」と納得していた。
「前世で説明をされているかと思いますが、お話したほうがいいですか?」
「俺は大丈夫です」
「私も、大丈夫です」
「わかりました。少々お待ちを」
天佑は立ち上がると、入口の側にある鈴についている紐を引っ張った。カランカランッ、と意外にも大きな音がして、林杏は少し驚いた。
すぐに小柄な猫獣人がやってきた。
「新しい方が2人いらっしゃいました。部屋の用意を」
「承知いたしました」
猫獣人は小さく頭を下げ、すぐに立ち去った。天佑が立ったままこちらを向く。
「敷地を案内します。こちらへ」
林杏と晧月は立ち上がると、天佑のあとに続いた。
客間代わりの建物を出て、右に曲がるとすぐに朱色の柱に緑色の屋根でできた建物に出る。
「こちらが主な修行場です。それから先ほどの建物も、修業で使います」
窓のすき間から修行をしている様子が見える。人間の男性だけでなく、女性や獣人もいるようだ。
付近にある2つの修行場の場所を教えられると、敷地の奥にあたる場所に移動する。そこには、修業場に比べて小さな建物がぽつんとあった。
「こちらが劫を行なう場所です」
劫。前世での焦りを思い出す。真っ白でいつ出られるかわからず、時間の流れがわからない不安。林杏は劫の建物を睨んだ。
(今度こそ絶対合格して、ゆったり静かに暮らすんだから)
林杏は天佑に声をかけられ、その場を去った。
修行場から少し離れた、2階建ての横長で四角い建物に移動してきた。
「こちらが共同宿舎です。それから左側にあるあそこが食堂です。食事の際には敷地内の鐘が鳴らされます。それではお二方の部屋に案内しましょう」
まずは林杏の部屋だ。1階の左半分あたりに位置している。
「今日の夕食後から修行に参加してください。机の上にある服を着てくるように。それまでは休んでいただいてけっこうです」
「わかりました。ありがとうございます」
「林杏、あとでな」
「はい、晧月さん。またあとで」
林杏は頭を下げてから、部屋の扉を閉じた。
前世のときに滞在した道院と似たような雰囲気で、衣類を入れる引き出しに寝台、机と椅子しかない。ただ窓は大きいので日差しはたくさん入りそうだ。
林杏は荷物を机の上に置き、与えられた服に着替える。白と黒が使われた、仙人の修行をする者全員が着る服だ。着替え終わると寝台の上に体を横たわらせる。
(これからまた修行が始まるのか)
そういえば前世で修行をしていたとき、なかなか感覚が掴めず、きちんと言語化をしてほしいと何度も思ったものだ。
柔らかい日差しに当たっていると、瞼が重くなってくる。
そのとき扉を小さく叩く音がした。上半身だけ起こし返事をすると、晧月が入ってきた。
「よっ」
「え、あとでって言いませんでした?」
「ん? あとでって言ったから、来たんだぜ?」
想像していた時間にずれがあったようで、林杏と晧月は互いに首を傾げた。
「まあ、いいじゃねえか」
「いや、ちょっと休もうと思ったんですけど」
「おう、じゃあ休みながら喋ろうぜ」
「いや、それじゃあ休んでないじゃないですか」
「大丈夫、大丈夫」
晧月は椅子に座り、林杏のほうを見て言った。
「いや、私は大丈夫じゃないんですけれども」
林杏がそう言い返すも、晧月は気にしていないようだった。頬杖をついてこちらを見ている。
「ぽつんと部屋に1人いても退屈じゃねえか。ほら、寝転んどけ」
どれだけ言っても晧月が自身の部屋に戻る気配はない。林杏は言葉に甘えて寝転び、諦めてお喋りに付き合うことにした。
「それで、どんなこと喋りたいんですか?」
「なーんだっていいんだよ。林杏と話すなら」
「なんですか、それ……。私はおもしろい話題なんて出せませんよ」
「じゃあ、今世の故郷の話でもしてくれよ」
「大して特徴がある村でもないですよ。普通の農村です。ああ、でもとても鳥好きな友人がいて、初めて出会ったのも山の中で……それで……」
ちょうど日光で体が温まってきたのだろうか、再び瞼が重くなってきた。しかし人がいる前で眠るなどという、失礼なことをするわけにはいかない。なんとか瞼を持ち上げようとするが、なかなか言うことを聞かない。気がつくと林杏の視界は真っ暗だった。